がん治療の前進を支える画期的な診断法が注目を集めている。細胞から分泌されるナノレベルの物質「マイクロRNA」に着目し、1滴ほどの血液や体液で「ステージ0」でもがんを特定できる診断法の確立を進める国立がん研究センターの落谷孝広・分子細胞治療研究分野主任分野長に最前線の取り組みを聞いた。
がん細胞の恐るべき
メカニズム
分子標的研究グループ
分子細胞治療研究分野
主任分野長
落谷孝広
1988年大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了、医学博士。1991年米国ラホヤ癌研究所ポスドクトラルフェロー。国立がんセンター研究所分子腫瘍学部室長、がん転移研究室室長等を経て2010年より現職。専門は、分子細胞生物学、遺伝子治療、再生医療。
がんを発病するまでにはいくつもの段階がある。発病リスクを抑える予防に努める一方で、発病前もしくは発病後もより早期にがんを発見する診断手法の確立が急がれている。その有力なツールが腫瘍マーカーなのだが、これには“弱点”がある。「腫瘍マーカーは、がんの進行と共に増えるがん特有のタンパク質などの因子を特定するものです。言い換えれば、がんがある程度進行しないと見つけられないのです」(落谷孝広氏)。
そこで落谷氏らのグループが注目したのが「エクソソーム」と、エクソソームが内包する「マイクロRNA」である。エクソソームは、さまざまな細胞が分泌する直径数十ナノ(ナノは10億分の1)メートルのカプセル状の小胞だ。ほとんどすべての細胞が分泌し、細胞間の情報伝達を通じて多くの生命現象に関与しているとみられている。
「がん細胞は、エクソソームを自らの分身として操り、周囲の正常細胞などを欺き、罠にかけ、時には味方に引き入れるなどして悪性を発現したり、転移を引き起こしたりしています」
マイクロRNAの出現で
がんを特定する
その活動の鍵を握るのが、エクソソームが内包する「マイクロRNA」。22個ほどの少ない塩基から成るタンパク質を持たないRNA(リボ核酸)が、人間の体内には2588あるという。その最大の特徴が「小さいが力持ち」であること。特定のマイクロRNAをがん細胞に注入すると細胞の性質が劇的に変わり、肝臓がんの細胞では注入により細胞が正常化する現象も確認されている。
またマウスにマイクロRNAは1915あるが、マウスが持たず人が持つマイクロRNAの多くが脳活動に絡むものであり、マイクロRNAが人の進化に深く関わっていることが明らかになっている。
「母乳に含まれるエクソソームからもマイクロRNAの存在が確認され、それが腸管の免疫力を高める働きがあることが分かっています。しかもこのマイクロRNAは、赤ちゃんの生後6ヵ月後ぐらいまでしか放出されないのです」
特定のマイクロRNAは、特定のがんで放出量が上昇する。例えば肺がんではmiR-21や25、乳がんではmiR-195、肝臓がんではmiR-500といったマイクロRNAが増加する。
とすれば、特定のがんと特定のマイクロRNAの関係を立証できれば、がん診断に活用できる。しかもマイクロRNAは血液中を流れているだけでなく、尿や汗などの体液にも含まれている。つまり微量の血液や体液を採取するだけで、がんの早期診断が可能となるのである。
「がんとマイクロRNAの因果データは、世界でもまだ十分に探究されておらず、多くは基礎研究レベルにあります。この現状を一挙にブレークスルーするために始まったのが、『体液中マイクロRNA測定技術基盤開発』プロジェクトです」