東京理科大学大学院技術経営専攻(MOT)は、キャリア10年程度の技術関連企業人を主な対象としている。教育の目的は、技術とマネジメントを融合させ、研究開発から市場化へのプロセスにおけるイノベーションを興すことのできる人材の育成だ。
今、日本では、科学技術が産業の競争力に結びつかないという問題に直面している。これまでの欧米の技術や発想を改良研究するというキャッチアップ型を脱して、萌芽的研究を製品化し、新事業や新市場を創出することが求められているのだ。だが、そのイノベーションを実現するための技術者のモチベーションは、どのように高めていけばよいのか?  
MOTでは、このような従来の経営学にはない実践的な教育を提供している。今回は東京理科大学大学院イノベーション研究科の佐々木圭吾教授による提言をお届けする。

イノベーションは“高い不確実性”に直面する“知識創造活動”

東京理科大学大学院イノベーション研究科
佐々木圭吾教授
1986年九州大学経済学部卒業後、電機メーカー勤務を経て、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得修了。同年横浜市立大学商学部専任講師、翌年助教授。2006年東京理科大学大学院イノベーション研究科准教授、2012年より現職。主な著書に『経営理念とイノベーション』『みんなの経営学』など。

 イノベーションこそ競争力の源泉であり、そのイノベーションには個人の主体的関与(やる気)が必要になります。実際にRD(研究開発)の現場でも「組織のメンバーのやる気をどう引き出すか」が大きなテーマになっています。イノベーション時代において、人間関係を操作していかに上手に働かせるかという、昔ながらの経営学は通用しません。ではどのような方法が効果的なのでしょうか?

 ある大手製薬会社で、新薬の上市に当たって特別報酬制度を設けた例があります。プロジェクトに関わったメンバーに対し、貢献度に応じて報酬を支払うという制度です。ただしそれを受け取る条件が、「受け取ったことや金額を一切口外してはならない」というもので、その結果士気が上がるどころか、逆に研究室の雰囲気が悪くなってしまいました。

 この特別報酬制度の基底にあるのが、1970年代に確立された「期待理論」です。創薬などでは努力が成果に結びつく期待が極めて低いため、頑張ろうという意欲が低下しがち。そのため成功したときの報酬を思い切り大きくするのです。ただしこうしたインセンティブの在り方が、最近では多くの企業でうまく機能しなくなっています。その背景には仕事の変質、つまり従来の定型的業務からイノベーション業務への移行があります。

 イノベーション業務とは、日常業務に比較して“高い不確実性”に直面する“知識創造活動”です。期待理論による特別報酬制度が不具合を起こしているのは、組織で行われる知識創造活動の貢献度を、個人別に正確に測定・評価することが困難だからです。

 エジソンのような天才が1人で発想から試作までをこなせば、話は簡単です。しかし今日は組織の時代であり、研究も開発もチーム単位で行われます。そのために、これまで有効だったやる気を引き出すシステムが、いわば制度疲労を起こしているのです。