仕事の性質そのものがモチベーションに深く関わっている
ではどのように技術者のモチベーションを高めればいいのか? 米国の臨床心理学者で経営学者のF・ハーズバーグは、「従業員にやる気を出させたかったら、達成感や成長実感を得られるように、仕事そのものを工夫せよ」と言っています。その後行われた「職務再設計論」研究の中で、従業員にやる気を持たせるのは、仕事の意義が高いと認識すること(有意義性)、仕事のやり方についての自律性が与えられること(自律性)、仕事をしながら顧客からの反応(フィードバック)を得られることの3点であることが主張されています。
そこでMOTでも、ナレッジワークという視点から独自の調査を行いました。その結果、企業内研究者が会社人生の中で最も熱中した仕事として、テーマそのものが技術的に有意義だったもの、自分で進め方や内容が決められる自律性がある仕事、自分がやりたかった自発性がある仕事、という回答が得られました。逆に最もつまらなかった仕事として、失敗の穴埋め、単純な仕事、顧客に振り回された仕事、目的が判らず無理矢理やらされた仕事、という回答が並びました。つまり、仕事の性質そのものがモチベーションに深く関わっていることがわかったのです。
この調査では“やる気下位グループ”に、職務再設計論の言うフィードバックの少なさが目立ちました。つまり技術者のモチベーション向上の組織的障害の一つは、フィードバックの欠落にあることが推測できました。このことを証明する良い例として、MOTの授業では、旭川市にある旭山動物園の成功例を取り上げています。
R&Dの現場では顧客との距離を縮めるフィードバックが重要
今でこそ行動展示型の動物園として人気の旭山動物園ですが、かつては何の呼び物もない北の国の寂しい動物園でした。その動物園を再興するために導入されたのが、飼育員たちのモチベーションを向上させる方法でした。新任の園長は、飼育員たちに動物の檻の前に立って来園者に動物の説明(ワンポイントガイド)をさせたのです。当然、来園者からの質問と応答のフィードバックがあり、そこで飼育員の意識が大きく変わりました。
それまで、動物たちの命を預かるのが仕事だと思っていたのですが、「飼育展示」をするという意欲が芽生えたのです。飼育員たちは自発的に「こんな動物園にしたい」という理想の動物園のアイデアを出すようになり、そこから“ペンギンの散歩”や“オランウータン空中運動場”などが実現しました。ワンポイントガイドというフィードバックの仕組みが、飼育員のモチベーションを高め、動物園のイノベーションを興したのです。
特にR&Dの現場では、顧客との距離を縮めるフィードバックが重要だと考えています。例えば、JSRでは、R&Dと営業の劇的なローテーションを行うことで、組織的なフィードバックを実施しています。技術者が営業の現場に数年間従事することで視野が広がり、専門性が実践的に深められ、それがイノベーションに反映されるのです。あるいはキヤノンではITを活用し、生産現場に販売実績掲示の端末を置くことで、顧客との距離を縮めています。また一般に、日常的な研究者相互のレピュテーション・システムも、仲間内のフィードバックとして、やる気を高める効果的なシステムです。
フィードバックをもたらすことで、有意義性や自律性も高まり、仕事そのもののモチベーションも高まる。イノベーションを実現するためのモチベーションは、個人の資質的特性ではなく、あくまでも組織的な仕組みによって醸成されるのです。