「そこで、欧米の企業は競争そのものをイノベーション・モデルへと変えたのです。例えば、インテルはMPUという中間部品の技術をブラックボックス化することにより、“基幹部品が完成品市場を動かす〞という『インサイド・モデル』を築いた。アップルは逆に得意領域を中核にしつつ統合的に価値形成する『アウトサイド・モデル』を築いた。知財のオープン化とクローズ化を巧みに組み合わせ、優位性のあるビジネスモデルを構築していく好例として、これらは高く評価されています」

劇的な変容ゆえの知財活用の加速。
しかし日本は……

 既存のものに地道に磨きをかける「インプルーブメント」ではなく、従来とまったく違うビジネスモデルを創り上げ、まったく新しい構造の上でビジネスを動かしていく「イノベーション」。これこそ、欧米が得意とし、しかし逆に日本が不得意とするモデルなのだと妹尾氏は言う。

「欧米企業の成功を目の当たりにして、私たちはようやく時代の変容に気づきました。しかし、それでもなお私たちは後れを取っている。理由は簡単です。知財の活かし方を、多くの人がわかっていないからです」

 先例のない新技術を開発したなら、これについて特許を申請。他企業に盗まれないよう保護し、価値を上げ、単体製品を売っていく……プロパテント発想による知財マネジメントは、この水準で終わる。これだけで良いと考えているのなら、その企業の知財への理解は30年以上遅れているのだと妹尾氏は言い切る。

「国際競争モデルが大きく変容し、多様化している今、知財の活かし方も複雑かつ多様になっています。どの『知』をオープンにし、どの『知』をブラックボックス化するか。どの『知』を国際標準に組み込み、どの『知』は標準化されないようにするのか、巧みなビジネスモデルのデザインが問われているのです」

価値ある知財を
ビジネスで活かしきる「軍師」が不可欠

 では、日本は今後どうすれば良いのか。鍵を握るのは人材育成だと妹尾氏は言う。

「私は『事業軍師』という呼び方をしています。知財活用にかかわる専門性と、国際的な事業モデルの創造にかかわる幅広い知識とを兼ね備えて、事業構想を先導していく『軍師』的な存在が不可欠なのです」

 では、どうすればそうした人材を得られるのか。妹尾氏はいくつかの選択肢を示す。(1)成功を経験している企業からスカウトする、(2)知財マネジメント専任チームを社内に創設し、組織職能として責任を課す、(3)全社員が創意工夫の精神で『これで良いのか』と見直し続けるカルチャーを浸透させる。しかし、「いずれも実行するのは難しい」。

「私が考える最も現実的な解決方法は『これじゃまずい』と気づいた個人が自主的に志を持って立ち上がり、周囲を巻き込んでいくというもの。先見性のある教育機関では、知財活用に特化したカリキュラムによって、こうした個人の成長を支えようとしています。大切なのは、学ぶ者が『教わる』という姿勢で臨むのではなく、『気づき・学び・考え・行動する』姿勢を持つこと。これを繰り返すことで鍛え抜かれた人材が揃ってきた時、初めて日本の知財ソリューションは幕を開けるのです」
 


「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」9月号も併せてご参照ください。
※この特集の情報は2010年8月10日現在のものです。