江戸のメディア王として名を馳せた蔦屋重三郎、通称「蔦重」は寛延3年(1750)に幕府公認の遊廓・吉原で生まれた。そこは性の歓楽街のみならず、「通」を競い合う流行の発信地。吉原よりも手頃に遊べる「岡場所」に客を取られ、吉原の客足が鈍った頃に蔦重は吉原の広告塔として活躍したという。NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公・蔦重が仕掛けたメディア戦略について、日本近世文学研究者の鈴木俊幸氏が解説する。※本稿は、鈴木俊幸氏『蔦屋重三郎』(平凡社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
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