2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公は、江戸の出版プロデューサー、蔦重こと、蔦屋重三郎です。蔦重の手がけたジャンルは多彩で、後に世界で愛されるジャパンアートの代表格、浮世絵や錦絵を扱いました。そんな蔦重が身を置いた江戸の出版業界は、どんなものだったのでしょうか。『見てきたようによくわかる 蔦屋重三郎と江戸の風俗』(青春出版社)から、江戸の出版事情についてご紹介します。
蔦重が営んだニュービジネスが「本屋」だった
まず、「本」は江戸のニューメディアであり、「本屋」は江戸のニュービジネスでした。平安時代の昔から戦国時代まで、本を所持したいという人は、本の所有者から借りて書写し、写本を作る必要がありました。印刷本はごく少数あるだけで、それもごく一部の特権階級や富裕層が所有するものだったのです。
ところが、江戸時代、木版による印刷技術が向上し、紙の値段も下がって、本を大量に印刷できるようになります。そして、天下太平の世の中、本を読みたいというニーズの高まりに応えるべく、「本屋」が登場したのです。そうして、庶民でも、本を比較的安価に「借りられる」(買うのは依然高価でした)時代が訪れたのです。
なお、出版業を技術的にささえた木版印刷は、「版木」に文字や絵を彫って印刷する手法です。当時すでに、活字を組んで印刷する技術(活版印刷)はあったのですが、江戸時代の日本では、それは主流の印刷技術にはなりませんでした。日本語は、アルファベットを使うヨーロッパ言語と違って、平仮名、カタカナ、漢字と多種類の文字を用います。その多種類の活字を用意するよりは、版木に文章や絵を彫り込む木版印刷のほうが、コストをおさえられたのです。