多国籍企業による租税回避に対して、2015年に経済協力開発機構(OECD)のBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトがまとめた最終報告書の提言が実施段階に入り、国際税務環境は激しく変化している。日本企業は、そこにどう対応すべきなのか。国税庁で国際業務課長や調査課長などを歴任し、国際税務に詳しい日本大学大学院経済学研究科の伏見俊行教授に聞いた。

新興国に課税強化の兆し多国籍企業は注意すべき

──BEPSで提言された移転価格文書の作成が、日本企業でも義務化*されました。国際税務環境の変化は企業にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

日本大学大学院経済学研究科
伏見俊行 教授
国税庁において、相互協議室長、国際業務課長、調査課長、金沢国税局長、インドネシア国税総局顧問などを歴任。現在、日本-インドネシア税務交流会代表、中国中央財経大学財税学院客員教授なども務め、国際税務に詳しい。著書に『ハイドアンドシーク─国際的租税回避を追え─』など。

伏見 BEPSの最終報告書の提言の多くは、長年、問題視されてきた多国籍企業の租税回避を防ぐことを狙いとしたものです。

 多くの日本企業は、積極的に租税回避を企てることはないと思われますので、影響は限られるはずですが、移転価格課税だけは別です。各国税務当局の情報共有が進むと、アジア新興国などが移転価格課税を強化する可能性が考えられます。最近、海外進出を加速している中小企業も巻き込まれかねません。

──真面目に税を納めていてもリスクがあるのですか。

伏見 移転価格の算定根拠の解釈は、税務当局の主観に左右される部分もあり、予見を難しくしています。移転価格の設定次第で課税対象所得が海外に移転されるので、新興国当局は、それを防ごうとします。企業は、租税回避の意図がなくても、当局の判断によって課税額が増えることがあり得ると考えるべきです。この場合、現地と日本で二重課税が生じることになります。

*連結売上高1000億円以上の多国籍企業が対象

企業のBEPS対応を国税庁も後押し

──そうした難しい国際税務環境に企業はどう対応すべきですか。

伏見 二重課税解消のため、日本と現地国間の相互協議の仕組みはありますが、新興国にとって税収減は国家財政に関わる問題なので、いったん調査・課税されると、その課税の見直しを求めることは難しいのが実情です。

 しかも、解決には長い期間を要し、企業が負担する事務量も費用も膨大なものになりますので、企業としては問題発生を未然に防ぐことが大事です。日本の本社が、海外の関連会社の税務をサポートし、グループ全体で事前対応に力を注ぐ取り組みを、経営トップの主導で進めてほしいと思います。