コーポレートガバナンス・コードの導入などで投資家への説明責任がいっそう求められる中、CRE(企業不動産)の戦略的な活用・管理により、ROE(自己資本利益率)の向上や企業価値の最大化を目指す動きが高まりつつある。CREマネジメント研究の第一人者であるニッセイ基礎研究所の百嶋徹氏に、CRE戦略の策定と実践の要諦を聞いた。

ニッセイ基礎研究所 社会研究部 上席研究員
明治大学 経営学部 特別招聘教授
百嶋 徹

TORU HYAKUSHIMA
1985年野村総合研究所入社、証券アナリスト業務および財務・事業戦略提言業務に従事。野村アセットマネジメント出向を経て、1998年ニッセイ基礎研究所入社。企業経営を中心に、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、CSRなどが専門の研究テーマ。CRE戦略の重要性をいち早く主張し、普及啓発に努める。

 CRE(企業不動産)戦略とは、 百嶋氏の定義によれば、「不動産を重要な経営資源の一つに位置づけ、その活用や管理、取引に際し、CSR(企業の社会的責任)を踏まえたうえで、企業価値最大化の視点から最適な選択を行う経営戦略」を指す。

 この数年、CRE戦略に本腰を入れる企業も出始めた。

 外国人持ち株比率の上昇、CREの資産価値に着目した敵対的買収の増加、固定資産の減損会計適用などを背景に、企業経営者は本業でのCREの有効活用をこれまで以上に厳しく求められている。

 CREは、本業で有効活用すれば企業価値向上に寄与する半面、活用を怠れば減損処理を迫られたりM&Aの対象にされたりしかねない。

 しかし、CRE戦略への関心が高まる一方で、「適切なマネジメント体制の下で組織的にCRE戦略に取り組む企業はまだ少ない」(百嶋氏)という。

 百嶋氏は、「海外におけるCRE戦略の先進企業の事例には共通する3つの特徴がある。それらはCRE戦略を推し進めるうえで重要な“三種の神器”だ」と主張してきた。

外部ベンダーの戦略的活用で
コア業務に専念する

 三種の神器とは何か。

 1つ目は、CREマネジメントの一元化を図るためにCRE戦略を担う専門部署を設置することだ。同時にITの活用などにより不動産情報の一元管理を行う必要もある。CRE戦略の海外先進事例では、ファシリティの運営維持管理コスト、利用度、従業員満足度などの一元管理された不動産情報は、世界の拠点間のベンチマークに活かされている。

 注意すべきは、単に仕組みを設ければよいという話ではない点だ。専門部署の設置に当たり「単に組織を設置するだけでは不十分。自社の経営層や事業部門などの“社内顧客”に対して不動産サービスを提供する“社内ベンダー”であるという意識を組織内に浸透させることが重要だ」と百嶋氏は指摘する。

 2つ目は、外部ベンダーを効果的に活用することだ。

「ノンコア業務を外部に委託することで、企業はノンコア業務に関わる高品質かつ効率的なサービスを受給しつつ、コア業務の戦略策定や意思決定に専念できるようになる。実際、CRE戦略の海外先進事例を見ると、施設運営など日々のサービス提供業務については、外部ベンダーへ包括的なアウトソーシングを行い、CRE専門部署では社内スタッフの少数精鋭化を進め、戦略的業務に特化する傾向を強めている」と百嶋氏。

 そして3つ目は、CRE戦略を単なるハードの不動産管理に留めず、先進的なワークプレイスやワークスタイルを活用したHRM(人的資源管理)にまで拡大することだ。

「P&Gやノキアなど一部の先進企業では、CRE戦略の専門部署を“ワークプレイス・リソース”と呼んでいる。ワークプレイス環境を改善することが従業員のモチベーションやワークスタイルの質の向上に寄与し、その結果、業務の生産性や品質が高まることになる」(百嶋氏)。

 つまり、クリエイティブなワークプレイスの構築は単なるコストではなく戦略投資という考えなのだ。先進企業のオフィスには、従業員の創造性を引き出し、イノベーションを創出する起点となるような仕掛けや工夫がさまざまにほどこされている。