偏差値60の壁の正体――「分かった」と「できる」の乖離

 多くの生徒や保護者が抱える悩みに、「学校の定期テストでは高得点が取れるのに、模擬試験や入試本番の初見問題になると急に点数が取れなくなる」というものがあります。

「定期テストは良いのに模試で点が出ない」の正体

 この現象の最大の原因は「出題者の違い」にあります。学校の定期テストは、普段授業をしている先生が作成するため、生徒は「先生の聞き方」や「出題パターン」に慣れています。

 そのため、深い理解が伴わない表面的な丸暗記であっても、ある程度は対応できてしまいます。しかし、模擬試験や大学の二次試験では、まったく別の人が問題を作成します。今までとは違う角度から知識が問われるため、知識の偏りや本質的な理解不足が如実に露呈してしまうのです。

 脳科学者の片岡教授によれば、この段階の生徒の多くは、「出題者の意図(出題者が何を聞きたくてこの問題を作ったのか)」が理解できていない状態にあるというのです。

 教科書を見て「これは知っている」と思っても、異なる形式で問われると対応できないのは、知識が「使える状態」になっていないからです。

 ここで重要になるのが、「分かった」と「できる」の大きな違いを認識することです。

 授業を聞いて「分かった」と感じる、教科書を読んで知識を「知っている」というレベルでは、異なる角度からの複雑な問いには太刀打ちできません。

 真に「できる」状態とは、問題を見た瞬間に出題者の意図を正しく認識でき、関連知識を状況に応じて取り出し、適用できる状態を指します。

「心理的盲点」と捨てる勇気

 さらに、勉強の効率を下げる要因として「心の盲目(心理的盲点)」があります。

 真面目な生徒ほど、テキストの1行目や2行目で分からない単語が出てくると、そこに強くこだわってしまい、先へ進めなくなります。しかし、人間はすべての情報を取り込もうとすると、脳が疲弊してしまいます。

 受験勉強において重要なのは、分からない箇所が一つや二つあっても、いったんそれを「捨てて」先へ進み、全体像を俯瞰する能力です。

 薄くてもよいので、まずは全体を10ページ進めます。それを何度も反復する中で、「あ、ここはこういう意味だったのか」と後から気づく訓練(こだわりの払拭)が、偏差値60の壁を超えるための学習姿勢となります。

応用力を生み出す「ワーキングメモリーの解放」と無意識化

 では、応用問題に取り組む際、私たちの脳内ではどのような処理が行われているのでしょうか。ここで鍵を握るのが「ワーキングメモリー(作業記憶)」という脳の機能です。

 ワーキングメモリーとは、計算や複雑な思考などの作業を行う際に、一時的に情報を保持しながら処理するための「脳の作業机」のようなものです。

 例えば、数学の問題を解くとき、全体の解法の見通しを立ててから、実際に計算を始めていきます。そのとき、全体の解法のプロセスを記憶しておきながら計算を進めます。このとき、ワーキングメモリーの機能が発揮されているのです。

 しかし、このワーキングメモリーの容量には限界があります。

 基礎が完全に定着していない生徒は、基礎的な計算を行ったり、単純な知識を思い出したりすること自体に、この貴重なワーキングメモリーを大きく消費してしまいます。

 例えば、「1+1=2」というような基礎的な計算がパッと自動的に出てこない生徒が、複雑な「x」を使った方程式や応用問題を解けるはずがありません。

 なぜなら、ワーキングメモリーの容量が「基礎的な処理」だけでいっぱいになってしまい、応用的な解法を思いついたり、複数の要素を組み合わせて思考を深めたりするための「脳の余裕」がまったく残されていないからです。

自転車の運転と同じ「基礎の無意識化」

 応用力を発揮するためには、ワーキングメモリーを「解放」してあげること、つまりワーキングメモリーをフルに使わなくても作業ができる状態にすることが何よりも重要です。

 そのためには、基礎的な知識や計算を、何も考えなくても自動的に出てくるレベルまで徹底的に鍛え上げ、「無意識化(自動化)」させることが不可欠となります。

 これは、「自転車に乗る」感覚とまったく同じです。初めて自転車に乗った日は、ペダルをこぐことやバランスを取ることに必死で、脳はフル稼働しています。

 しかし、何度も練習して体が無意識にバランスを取れるようになると、自転車の運転自体にはワーキングメモリーをほとんど使わなくなり、周囲の景色に注意を払いながらでもスムーズに乗れるようになります。

 勉強もこれとまったく同じ構造です。基礎を無意識レベルで行えるようになって初めて、脳のワーキングメモリーに巨大な空きスペースが生まれ、その容量をすべて応用問題の深い思考に回すことができるようになるのです。

長時間の試験を戦い抜く「パターン認識」と「省エネ戦略」

 ワーキングメモリーの解放は、ただ難しい問題が解けるようになるだけでなく、「長時間の試験を戦い抜く」うえでも極めて重要な意味を持ちます。

 東大や医学部など、最難関大学に現役合格するような優秀な生徒たちは、90分や120分といった長時間の過酷な試験でも、最後まで高い集中力とパフォーマンスを維持できます。

 一方、基礎の無意識化ができていない生徒は、1科目が終わっただけで脳が疲労困憊になり、次の科目に集中できなくなってしまいます。

 優秀な生徒たちは、基礎が完全に定着し、問題の解き方が「パターン認識」として脳に深く組み込まれています。そのため、問題に対峙した際、脳のエネルギーをそれほど消費せず、「超・省エネモード」で問題を処理していくことができるのです。

 本当に難解な思考が要求される局面に直面したときだけ、必要な脳の部位をフル稼働させ、それ以外は省エネで解き進めるというメリハリがついています。

車の運転と野球のルールに見る「慣れ」の力

 片岡教授は、この状態を「車の運転」に例えています。

 運転免許を取得したばかりの頃は、標識の確認やウインカーの操作、歩行者への注意など、一つひとつの動作を意識して行う必要があるため、認知的な負荷が大きくなります。

 一方、運転経験を重ねると、基本的な操作や確認の手順を、その都度強く意識しなくても行えるようになります。安全への注意が不要になるわけではありませんが、動作ごとに考える負担が減るため、疲労を抑えながら長時間でも安定して運転しやすくなります。

 試験に慣れておらず、ワーキングメモリーが解放されていない生徒は、これと同じように、問題を解くこと自体にその都度判断を下して、脳をフル稼働させます。

 さらに、「時間が足りるか」「この解き方で合っているか」といった余計なことまで考えながら解くため、ワーキングメモリーを無駄に使い、脳のエネルギーを急激に消費してしまいます。

 試験本番で集中力と意欲を最後まで高い次元で保つためには、日々の反復訓練によって基礎を無意識化し、パターン認識による「省エネ戦略」を身につけることが不可欠なのです。

最強の回路を作る「想起(アウトプット)」とセルフテスト

 基礎を無意識化し、流暢性を獲得するために、もっとも有効な学習法とは何でしょうか。

 多くの生徒は、テキストを何度も読み直したり、きれいにノートをまとめたりする「覚える作業」にばかり時間を費やします。しかし、脳科学が推奨する最短のルートは、「想起(思い出すこと)」に重点を置くことです。

脳は「思い出す」ときにつながる

 片岡教授の指摘によれば、人間の脳にとって「覚えること」よりも「思い出すこと」のほうが、はるかに大きなエネルギーを必要とし、脳が「しんどい」と思う作業です。

 そのため、多くの生徒は無意識に思い出す作業を避け、すぐに答えを見て「分かったつもり」になってしまいます。

 しかし、答えを見る前に、自分の記憶から情報を取り出そうとすることが重要です。思い出そうと試行錯誤する過程では、学んだ内容に関連する記憶が呼び起こされ、知識同士の結びつきが強まりやすくなります。

 すぐに答えを見るのではなく、まずは自力で思い出す時間を設けることで、記憶をより定着させやすくなるのです。

 インプットとアウトプットの比率を3:7にすると、記憶効率がもっとも高まる「記憶の黄金比率」といわれています。

 少し答えを見るのを我慢し、脳に負荷をかける「セルフテスト」を日常的に行うことが極めて重要です。

 机に向かっているときだけでなく、電車に乗っているときやトイレに入っているときなど、隙間時間に「さっき覚えた単語は何だったか」と思い出す回数を増やすことが、記憶を強固にする秘訣です。

小テストの正しい使い方

 塾や学校で行われる小テストも、ただ点数に一喜一憂して終わりでは意味がありません。

 なぜ間違えたのか、どこでつまずいたのかを深掘りし、「自分はなぜこの思い出し方ができなかったのか」を分析するツールとして活用する必要があります。

 また、復習の際にも脳科学的なコツがあります。完璧主義になり、一つの単元で100点が取れるまで次に進まないのは非効率です。

 「8割」程度の正解率に達したら、残りの2割の課題を抱えたまま次の応用へと進み、並行して残りの2割を反復して埋めていくのが効率的です。

 さらに、一度できた問題だからといって、急に復習をゼロにしてはいけません。

 脳は「もう見なくてよい情報だ」と判断すると、すぐに記憶を消去してしまいます。そのため、見る回数を徐々に減らしながらも、一定期間は継続して思い出す作業(想起)に組み込むことが、長期記憶への定着を確実なものにします。

タイマー学習による「覚醒度」の引き上げ

 偏差値が伸び悩む生徒のもう一つの特徴に、「だらだらと時間をかけて悩んでいる状態を、勉強していると勘違いしている」という点があります。

 学力を飛躍させるためには、脳の「覚醒度(集中レベル)」を意図的に引き上げる訓練が必要です。

「適度な焦り」が処理スピードを上げる

 人間の脳は、無限に時間があると思うと集中力が分散します。高いパフォーマンスを発揮するためには、不安すぎず、かといってリラックスしすぎない「適度な焦り」を作り出す必要があります。

 そのために極めて有効なのが、ストップウォッチなどを使って制限時間を設ける「タイマー学習」です。

 例えば、「この英単語15個を絶対に3分で覚える」と短く時間を区切り、その時間内は心拍数が上がるほどのトップスピードで脳をフル回転させます。

 電車に乗っているときに、「次の駅に着くまでにこのページを暗記する」といった制限を設けるのも非常に効果的です。

 終わりの時間を明確に決め、強制的に脳を焦らせることで覚醒度が上がり、情報処理スピードの向上につながります。

 これを繰り返すことで、「集中する」という感覚を体が覚え、長時間の試験でも瞬時に深い集中状態に入れるようになります。

学習後の休憩が記憶の整理を助ける

 短時間で集中して学習した後は、いったん休憩を取りましょう。このとき、すぐにスマホを見たり、次々と新しい情報を取り入れたりするのではなく、頭を休める時間を設けることが大切です。

 学習後に静かに過ごすことで、直前に学んだ内容を振り返りやすくなり、記憶の整理や定着を助ける可能性があります。何もしていないように見える時間でも、脳内では新しく得た知識と既存の知識が関連づけられていると考えられています。

 集中した状態を長く続けようとするのではなく、短時間の集中と休憩を適度に切り替えることが、学習を継続しやすくするポイントです。

バラバラの知識をつなぐ「知識の立体化」

 基礎知識をすばやく引き出せるようになり、集中して学習する習慣が身についたら、次に必要なのは、個別に覚えた知識を互いに関連づけ、さまざまな角度から取り出せる状態する「知識の立体化」です。

 単語や公式、出来事を一つずつ覚えているだけでは、問われ方が変わったときに対応できないことがあります。それぞれの知識について、「なぜそうなるのか」「ほかの知識とどのようにつながっているのか」を考え、一つの流れや全体像として捉え直すことが重要です。

 これが、最難関大学の応用問題に対応するための最終兵器となります。

1冊の参考書を徹底的に「背骨」にする

 まず第一歩として、自分に合った良質な参考書を1冊選び、それをボロボロになるまで使い込んで知識の「背骨」を築くことが極めて重要です。

 不安からむやみに何冊もの参考書に手を広げるのは逆効果ですが、背骨が強固になった段階では、あえて多様な出題者の問題に触れることを推奨します。

 なぜなら、同じ概念であっても、出題者によって切り口は異なるからです。多角的に問題を解くことで、同じ知識を表から見たり、裏から見たりと、視点を自由に動かせるようになります。

 このようにして背骨にさらなる情報を肉付けし、理解を立体的に構築することこそが、どのような角度からの出題にも動じない「本物の応用力」を生み出すのです。

答えから「逆」に問題を作るトレーニング

 知識を立体化させるための具体的なアプローチとして、「答えから逆に問題を作る」という方法があります。

 通常の学習では、問題が出されて、それに答えるという一方向のアウトプットしか行いません。しかし、「この答えになるような問題を、別の角度から三つ作ってみて」と生徒に問いかけると、脳は一気にフル回転を始めます。

 例えば歴史であれば、「マルコ・ポーロ」という答えに対して、「『東方見聞録』を書いた人は?」という単純な問題だけでなく、当時のヨーロッパの時代背景や、なぜ彼がアジアへ向かったのかといった周辺知識を総動員しなければ、新しい問題を作ることはできません。

 自分が理解しているつもりでも、実は周辺知識とのつながりがまったく見えていないことに、生徒自身が気づく絶好の機会となります。

 このトレーニングを繰り返すことで、知識が立体化し、真の応用力が養われます。

スマホによる注意の分散を防ぎ、集中できる環境をつくる

 現代の受験生にとって、スマートフォンは便利な学習ツールである一方、集中を妨げる要因にもなります。勉強中に操作していなくても、通知やメッセージが気になることで、目の前の課題に向ける注意が分散してしまう可能性があります。

 ここでは、スマホが学習中の集中に与える影響と、勉強に取り組みやすい環境をつくるための工夫を紹介します。

スマホの「通知待ち」が集中を妨げる

 勉強中、スマホを机の横に置いている生徒は多いでしょう。

 たとえ電源を切っていたり、通知が鳴っていなかったりしたとしても、スマホが視界に入っているだけで、脳は「いつ通知が来るか」を無意識に警戒して待機状態になり、貴重な脳のエネルギーを常に消費してしまいます。

 この状態は、勉強とスマホへの警戒を同時に行っている「マルチタスク」にほかなりません。

 勉強中は、別の部屋やかばんの中など、視界に入らず、すぐには手に取れない場所に置くのがおすすめです。スマホへの意識を減らすことで、目の前の学習に集中しやすくなります。

脳は「相対的価値判断」をする――娯楽は報酬に

 片岡教授は、「脳は絶対的ではなく、常に『相対的』な価値判断をする臓器である」と指摘します。今の幸せは、直前の体験と比べてどうかで判断されるのです。

 休憩時間にショート動画(TikTokやYouTubeなど)を見てしまうと、その後の地味な暗記作業(勉強)は、脳にとって相対的に「極めて退屈で苦痛なもの」に成り下がってしまいます。

 スマホやゲームなどの娯楽は、1日の勉強をすべて終えた後の「最後の報酬」として配置するのが、正しいモチベーション管理術といえるでしょう

まとめ

 「応用問題が解けない」「初めて見る問題に弱い」と悩んでいると、さらに難しい問題集に取り組まなければならないと考えがちです。

 しかし、応用問題でつまずく原因の一つとして、基礎的な知識や計算をすばやく正確に処理できず、問題全体を考えるための余力が不足していることが挙げられます。まずは、すでに学んだ知識を必要な場面ですぐに取り出し、使える状態にすることが重要です。

 偏差値60前後からさらに成績を伸ばすためには、次のような学習を意識しましょう。

分かったつもりで終わらせず、問題が何を問うているのかを考える。

 答えをすぐに確認するのではなく、自力で思い出す「想起」を繰り返し、知識をすばやく引き出せる状態を目指す。

 時間を区切って集中する練習と適度な休憩を取り入れ、長時間の試験でも安定して力を発揮できる学習習慣を身につける。

 個別に覚えた知識について、「なぜそうなるのか」「ほかの知識とどのようにつながるのか」を考え、さまざまな角度から取り出せる状態にする。

 勉強中はスマホを視界に入らない場所へ置くなど、目の前の課題に集中しやすい環境を整える

 これらは、勉強時間をむやみに増やすのではなく、基礎知識の定着や学習環境を見直し、限られた時間を有効に使うための方法です。ただし、学習効果や適した勉強法には個人差があります。自分がどこでつまずいているのかを振り返り、必要な方法を一つずつ取り入れていきましょう。

取材協力:片岡洋祐氏(脳科学者)