あまりにも理不尽な分断
目には見えない何かで埋めようとするのか

 被災で亡くなった人と残された人。その差に、何か明白な原因があったわけではない。あまりにも理不尽な分断が、ある日突然起こった。だからこそ両者は、その分断を目には見えない何かで埋めようとするのかもしれない。

 あの悲劇を一刻も早く忘れたい、でも大切な人のことを忘れたくない。そんな忘却へのジレンマが、その人固有の物語を生み出していく。本書は、そんな人々の物語だ。


 “私は眠ったら妻や娘に逢えると思うから、自分自身が死んだつもりになって寝るんです。(亀井繁さん)”
 

 妻と娘を喪った、亀井繁さん。遺体が見つかり、火葬を終えた日の夜中のこと、二人が自分に向かって手を振っている姿を目の当たりにする。「ああ逢いに来てくれたんだ」と手を伸ばしたその時、目が醒めたという。繁さんはその後も何度か同じような経験をし、こうした出来事を大学ノートに記録するようになった。

 夢のようなひと時を、夢の中で過ごす。ある時は「私がいないとつまんない?」と妻から尋ねられ、ある時は「どこにも行かないよ」と声を掛けられた。むろん夢から醒めてしまえば、想像を絶する地獄が待っている。だが、夢の中だけでもあの頃に戻れるのであれば、たしかな希望を感じることができるそうだ。


“他人の霊を見たら怖いでしょうね。でも私は見方が変わりました。その霊も誰かの大切な家族だったんだと思えば、ちっとも怖くないと思えるようになったんです(永沼恵子さん)”
 

携帯の写メで家の写真を撮ったら
窓に息子の顔が写っていた

 当時8歳だった息子の琴君を喪った、永沼恵子さん。何気なく携帯の写メで家の写真を撮ったら、なんと窓に琴君の顔が写っていたのだという。それを皮切りに、次々と不思議なことが起こっていく。風もなく窓も閉めきっているのに、ティッシュが激しく揺れたり、どたんと大きな音がしたり、天井や壁を走り回る音がしたり。

 琴くんの足音が聞こえてくる――そう思えるだけでも亡くなった我が子の気遣いとして感じられ、頑張っている姿を見せなければと前を向けるのだという。子供を喪うことは、未来を奪われることにも等しい。それでも子供との思い出が、確かに未来を創っているのだ。


“夢の中でお父さんにぐっと手を握られたりハグされたりするでしょ? お父さんの手は大きくて温かいんですよ(菅野佳代子さん)”
 

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現実にはいないはずなのに、一緒に生活している気がする

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