急速に進展するデジタル社会に対応するため、企業は今、自らも変わる「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」に迫られている。そのためには、デジタルを活用した新事業の創造をはじめ、既存ビジネスのデジタル化や、アナログとデジタルの融合による生産性の向上が必要だ。さらにはそれらを実現するための組織・社内ルールの改革、人材育成なども行なっていかなければならない。こうした中、日本企業は今、どのような壁に突き当たっているのか、その壁を乗り越えるために何が必要なのかを考えてみたい。

経営者は強い危機感を抱いている

内山悟志 ITR代表取締役/プリンシパル・アナリスト
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストととして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任。現在は大手ユーザー企業のIT戦略立案・実行のアドバイスおよびコンサルティングを提供する。

 ダイヤモンド・オンラインの連載第65回で『デジタル変革への経営者の意識は2年前とどう変わったのか』と題し、2016年4月に実施した「デジタルイノベーション動向調査」の結果を紹介した。この調査から約1年半経ったが、その後、デジタル変革に対する経営者の関心はよりいっそう高まっているようだ。実際、私への「デジタルトランスフォーメーション」に関する講演、勉強会の講師依頼も格段に増えている。

 フィンテックの影響もあって金融業の取り組みは比較的早かったが、こうした流れは最近、流通業やサービス業、製造業、建設業まで、あらゆる業種に広がっている。手探り状態の企業もまだあるが、デジタル推進室や専任担当者の設置、チーフデジタルオフィサーの採用、プロジェクトの立ち上げといった動きが目立つ。

 日本の経営者は大きな変革を避けたがる傾向があるが、それでも強い危機感を持っているのは事実だ。経営者やそれに近い役職の人ほど、自分の会社、あるいは自分たちの事業が10年後、15年後に、今と同じ規模や成長を維持できるかどうか、疑念を抱いている。こうした思いが変革の原動力となる。座して死を待つよりも、何かしら布石を打っておきたいと強く思っているはずだ。

 国際競争力という観点からも、デジタル化で欧米先進国に遅れをとり、新興国には追い上げられ、いまや追い越されようとしている日本。さらに、世界に先駆けて人口減少・超高齢社会を迎えることを考えれば、労働人口は減り、人材の確保さえ難しくなるのは明らかだ。だからこそ、デジタルの活用なしで成長は期待できない。

変革しようとするとき
必ず突き当たる「ROIの壁」

 デジタルトランスフォーメーションに関心を抱き、それを理解するプロセスで必ず突き当たるのが、費用対効果の問題だ。私はそれを「ROI(投資収益率)の壁」と呼んでいる。イノベーションの投資効率は未知数のため、これまでの社内ルールでは投資判断ができない。だから、経営者は悩むことになる。

 ビジネス環境は目まぐるしく変化し、デジタル技術もどんどん進展するから、綿密な計画を立ててから事業を始めるのでは追いつかない。10に1つ、100に1つしか成功しないという覚悟ありきで投資しなければならないのだ。この高い壁を乗り越えるには何よりもまず、経営者がデジタルトランスフォーメーションに強い決意で取り組むという意思表示が不可欠だ。