前編では、バーチャルリアリティ(VR)の価値は「いかに本物を超えるフェイクを実現するか」だと語った東京大学大学院情報理工学系研究科の廣瀬通孝教授。しかも本物を超えるための重要な観点が「時間軸のコントロール」と言うが、もう一つ教授の中では重要なポイントがある。それが心理学との融合であり「行動誘発」の研究だ。これまでに関わりのなかった分野との連携で続々と生まれる実用化の新領域。後編では最新のVR活用プロジェクトを明らかにする。
東京大学大学院情報理工学系研究科教授 工学博士
1954年鎌倉市生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。同大学工学部講師、助教授、先端科学技術研究センター教授などを歴任。1995年東京テクノフォーラム・ゴールドメダル賞受賞、2004年共著『シミュレーションの思想』で大川出版賞受賞。機械力学、制御工学、システム工学が専門で、バーチャル・リアリティの先駆的研究者として知られる。
私が最近興味を持っているVR研究の傾向に、人間の行動誘発のような「心理学分野との融合」が挙げられます。その代表的なものが「未来日記」のプロジェクトです。
ライフログという技術がありますが、過去の行動データを集積することで、自分の行動を分析することがはるかに容易になりました。そして、そこから未来に起こるであろうことを予測してビジュアル化することで、人間の行動を一定方向へと誘導することができるのです。
例えばユーザーに、今から10年後の予測としてしわだらけの顔を見せることは、「今のままの生活を続けていてはいけない」と感じさせ、現状の生活を健康的なものへと改める強い動機づけになるでしょう。こういうアイデア自体は以前から医学の世界で使われていましたが、現在では、食生活を含むあらゆるライフログを蓄積して解析し、高度なデジタル技術で未来をビジュアル化できるようになり、科学的な説得力が格段に増しました。
この手法では、予測を見せることで人の行動を変えて、望ましい未来をもたらすことが重要です。いくつかの製薬、健康機器メーカーではこの技術に注目し始め、状況悪化後の投薬よりも、こうした技術を活用した予防医学の方がはるかに有益であると気づいています。ダイエットや鎮静作用といった、心の問題がさらに深く関係する分野でも、情報技術による行動誘発で薬同様の効果を得られることも分かり始めています。