安倍氏は2度目の首相になった後でも、2006年の量的緩和の解除は時期尚早で失敗だったと言っている。これが、上に引用した国会発言である。
それ以外にも、その類いの発言はしばしば行い、2006年3月の量的緩和解除は失敗であり、その失敗を踏まえて、2%のインフレ目標を明確に導入したアベノミクスを作ったと言っている。
もし、その当時に、2%インフレ目標があれば、量的緩和解除の失敗をしなかったはずだと、筆者も考える。
安倍氏は、記憶力がいい。誰がどのような意見を言って、誰の予測が正しかったのか、間違っていたのかをよく覚えている。
これは、政治家に求められる資質である。
経済見通しなどの予測の当たらないエコノミストの話を聞いても時間の無駄であり、予測の打率の高い人の意見を聞いたほうがいい。
おそらく、その当時から、いろいろなエコノミストの打率を安倍氏は把握するようになったのだろう。
筆者は、しばしば安倍氏から個別のエコノミストの評価を聞かれることもあるが、安倍氏の論評はかなり正確である。
首相辞任後、
金融政策に改めて関心
ただし、残念ながら、安倍氏はそうした勉強成果を生かす間もなく、2007年9月に首相を辞任してしまった。
健康問題とはいえ、突然だった。筆者はその当時、官邸勤務だったが、朝の国会質問答弁の打ち合わせを終え、国会に向かうところで体調不良になって、驚くばかりだった。
その後、かなり療養していた。しばらくすると政治活動を再開したが、安倍氏自身が国会答弁で話したように、時間がたくさんある。
そうした中、金融政策に関心を持ち始めたように見えた。



