エネルギーで暮らしを変える
“夢”と出合ったソニー時代

 只野は異業種からの転身組だ。東京都立大学(現・首都大学東京)を卒業し、バブル期の1991年、コンピューターディスプレーの電気回路設計エンジニアとしてソニーに入社した。

 ところが、入社後にバブルがはじけた。2018年3月期に過去最高益を更新したソニーだが、それまで幾度となく経営危機に陥った。会社が危機に揺れているとき、専門領域の殻に閉じこもり電気回路をいじる毎日に、「これでいいのか」と只野は疑問を感じていた。

 元来のチャレンジ精神でビジネススクールに通ってファイナンスやマーケティングなどを学び、志願して“技術を商業化する”事業開発部門に転じた。

 只野がエネルギー分野に関心を抱くようになったのは、10年のこと。新規事業の柱として社内にエネルギーチームが発足し、只野がそのリーダーに抜てきされた。只野が率いたチームは、音の波形と電流の波形が似ていることに着目した。ソニーの技術を生かして、電力データの分析に応用。そこにAIを活用して効率的かつ快適な省エネシステムの構築を目指すことになった。

 実証実験の舞台として選んだのは、電力使用量を30分ごとに計測する「スマートメーター」がすでに普及していた米国のテキサス州。国内外のエネルギー業界関係者からの期待は大きく、只野は「エネルギーで生活文化を変えられる」と自信を深めた。

 そんな矢先に、悲劇は起きた。ソニーは12年3月期決算で4期連続の最終赤字へ転落。聖域なき改革の下、キャッシュを生まない新規事業には待ったがかかり、只野が率いたエネルギーチームも解散を余儀なくされた。

 「人生を懸けてやりたい事業にやっと出合えたのに──」。只野は夢を捨て切れず、ソニーからカーブアウトする形で、13年にインフォメティスを設立した。

 うちワケの要素技術となるAIは、どのように開発されたのか。

 設立時点ですでに、ソニー時代に蓄積された技術があり、家電の電流波形の特徴を捉えるところまで開発は進んでいた。だが、その家電が何であるかを言い当てる「ラベリング」に課題があった。

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人間の知識をAIに与え開発が一気に加速

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