その2 中部電力
運転員が蓄積している高度な運転技術をAIに集約し、
潜在的な故障の兆候を発見して安定稼働を実現
中部地方へ電力を安定的に供給している中部電力では、IoT技術を活用し、火力発電設備の稼働データを分析することで、異常予兆の早期発見に向けた取り組みを行っている。
発電カンパニー
火力発電事業部
IT・システムグループ 課長
市場(いちば)元浩氏
石炭を燃料とする碧南(へきなん)火力発電所では、約2500点設置されている圧力計や温度計などが発するセンサーデータを警報装置、計算機システムが集計分析し、高度な運転技術を有する運転員が管理、監視している。
しかし監視、管理装置は「しきい値」監視のため、しきい値に到達するまでは運転員が状態の変化に気が付かない場合がある。しきい値とは正常と異常の境目となる値のことで、ここを超えるとシステムが警報を出し、運転員が対処する。
この方法では、同社が使命とする「保安の確保を重点において電力を安定供給すること」は達成できるが、IT・システムグループ課長の市場元浩氏は、「しきい値に達するまでの潜在的な変化を捉えることで、事前に故障の予兆を感知することはできないか」と考えた。
「電力業界の競争が激しくなる中で、当社も新たな取り組みを行い、自社体力を強化していくことが命題となっています。そこでこれまで培ってきたノウハウを生かし、IT(情報技術)とOT(運用技術)を融合させて、新たな収益基盤をつくることを目標に、この取り組みを始めました」(市場氏)
発電カンパニー
火力発電事業部
IT・システムグループ グループ長(部長)
石上(いしがみ)秀之氏
着目したのは、ほとんどをしきい値の監視にのみ使っている約2500点のデータである。これらのしきい値未満の変化を監視すれば、潜在的な異常をいち早く捉えて、故障を未然に防ぐことができるのではないか。市場氏の問題提起を受けた石上秀之氏をグループ長とするIT・システムグループは、NEC製のインバリアント分析技術を導入した。これは多数のセンサーデータから対象物の「いつもの状態」を見える化し、そこから逸脱する「いつもと違う状態」を予兆の段階で検出する技術だ。
2014年度から碧南火力3号機をベースとして、インバリアント分析を石炭火力に適用するための検知・分析モデルを作成し有効性を検証、15年度からコンバインド火力(ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた発電方式)である上越火力での有効性を検証、16年度に実用化に向けた検証を継続実施して特許を出願し、ついに「17年12月から碧南火力と上越火力に適用を開始しました」(石上氏)。
「故障予兆の検知により稼働率を1%程度向上させる可能性がある」(市場氏)という。平時は90%という高い稼働率を誇る中での1%向上は画期的なこと。金額に置き換えると十数億円以上のコストを削減できることになる。
拡大画像表示
中部電力でも高度な運転技術・保守技術を持った多くの人材が引退の時期を迎えている。「この人たちが現役のうちに教師役となり、ノウハウをAIエンジンに教え育てる仕組みが作れたことは良かった」と両氏は口を揃えて言う。
中部電力はこの技術で他社の発電所の運転・保守技術を支援し、安定稼働に貢献するビジネスを計画している。新たな収益基盤が誕生した。
中部電力は東京電力ホールディングスとの関係を深めている。両社が共同出資して設立した火力発電事業会社、JERAに火力発電事業を統合し、圧倒的な規模の事業者となる。中部電力のDXは、日本の電気の安定供給に大きく貢献する。