JR東海による「リニア中央新幹線」の東京(品川)〜名古屋間開通予定である2027年まであと8年となった。その後、大阪まで延伸され、人口6500万人を有する一つの巨大な都市圏が誕生する。楠木建・一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授に話を聞き、リニア中央新幹線が日本にどのようなインパクトを与えるのかを探った。
リニア中央新幹線の開業により
境界が再定義され「中央日本」が出現
東京~名古屋間で約5.5兆円、大阪まで約9兆円が投じられるリニア中央新幹線は、東海旅客鉄道(JR東海)による民間プロジェクトである。計画では、営業最高速度は時速500kmで、東京~名古屋間を最速約40分、東京~大阪間を最速約67分で結ぶ。営業最高速度285kmの東海道新幹線では東京~名古屋間は約1時間半であり、時間短縮効果は圧倒的だ。品川駅からわずか25分程度で結ばれる甲府は、東京から横浜ほどの距離感になる。名古屋や大阪も劇的に近くなる感覚を持つだろう。
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。 一橋大学商学部、同大学イノベーション研究センター助教授、 ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、 同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年より現職。
楠木建教授は、著書『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)でも示しているように、企業の優れた戦略には、流れを持ったストーリーがあると考えている。各種の要因を一連のストーリーとして展開することで、優位性が構築されるというわけだ。それではリニア中央新幹線は、日本にどのようなストーリーとしての競争優位をもたらすのだろうか。
楠木教授はまず、「リニア中央新幹線によって境界が再定義される」と語る。
世の中には、地理的、制度的な「見えない境界」「見えない壁」が数多くあり、人々の暮らしや経済活動を非効率にしているケースが少なくない。例えば「日本の大都市圏」といえば東京・名古屋・大阪の三大都市圏を指すが、時として東京への一極集中が問題となる。これは三大都市圏内に対立軸がある、つまり境界があることを前提にした議論である。
「リニア中央新幹線で東京と名古屋、大阪が近くなるという考えでとどまれば、これは境界意識を残した改善論でしかありません。そうではなくて、リニア中央新幹線開業により東名阪を『中央日本』と呼ぶべき一体化した都市圏として構想することが大事なのではないでしょうか」(楠木教授)
境界だと思っていたものがなくなる。それが「境界の再定義」という意味だ。
「『境界の再定義』をうまく取り入れたのはシンガポールです。経済を活性化させ、国力をつけるには、製造業を育てるという考えが一般的ですが、シンガポールは境界を再定義し、シンガポール一国で経済政策を考えるのではなく、ASEAN全体を1つのエリアとして捉え、『ASEANの首都』として何ができるか、何をすべきかを考えました。その結果、現在のように金融シティーや貿易港としての確固たる地位を築いたのです。リニア開業を契機とする日本の『境界再定義』により生まれる『中央日本』のインパクトは大変大きく、成熟社会となった日本の起爆剤になり得ます」(楠木教授)