1つの住まいに限定されない暮らしが始まる
東京から大阪までが「中央日本」と呼ばれる1つの都市圏になれば、移動の容易さを背景に、1つの住まいに限定された暮らしをする必要がなくなる。人々は、もっと気軽に生活領域を広げられるようになる。
「多くの人が、仕事の他に趣味などに没頭する“異日常”の世界を持っています。“分身による日常”といってもいいでしょう。リニアの開通は、そうした異日常の過ごし方における “暗黙の境界”をも変化させてしまうと思います。人が従来とは違った移動を始めるのです」と楠木教授は考える。
長野県の阿智村は環境省が実施した全国星空継続観察で「星の観察に適していた場所」第1位に選ばれたことなどから、「日本一の星空」と形容されることもある。同村は、リニア中央新幹線の長野県駅予定地である飯田市に隣接する。これまで飯田市へは東京から高速バスで4~5時間かかっていたが、リニアが開通すれば、品川駅から45分程度で長野県駅(仮称)に到着する。東京で働く天体観測が趣味の人にとっては、これまで難しかった「平日の仕事帰りにふらっと阿智村へ行って満天の星空を見て、翌朝に阿智村から東京へ出社する」といった“異日常”が可能になる。天体観測はあくまで一例だが、リニア開業によってこうした「“暗黙の境界”変化による、従来と異なった移動」が発生することになるだろう。これは、新たに創出される消費活動であり、経済活性化にもつながる。
「日本のように、すでに十分にモノがあふれている成熟社会では、あからさまな『不足』はあまりない。大切なのは人々の選択肢が増えるということです。働き方改革で仕事時間のメリハリがつき、移動が容易になれば、生活スタイルのオプションが増えるわけです。生活のオプションが増える異日常を積極的に促すような取り組みこそが、消費活動を促進し、地域経済の活性化につながります」(楠木教授)
超電導という最先端技術で、日本人の暮らしや日本経済を活性化させる可能性を持つリニア中央新幹線。その開通は8年後に迫っている。
●問い合わせ先 東海旅客鉄道株式会社 https://linear-chuo-shinkansen.jr-central.co.jp/