遠山 ビジネスとアートの関係について別の言い方をすると、「子どものまなざし」と「大人の都合」と言ってもいい。「子どものまなざし」というのは、最初にこんなものをつくりたいとか、こんな世界を見てみたいという思いです。でも、それだけだとビジネスにならないので、「大人の都合」とのバランスが大切です。

 今の世の中を見ていると「大人の都合」ばかりで、最初からお客さまの顔色をうかがうようなビジネスが多いですね。需要が右肩上がりの時代であればそれで良かったのですが、供給過多の時代にマーケットの顔色ばかりをうかがっていても、いい答えは出てこない。もっと、「子どものまなざし」を大事にしてビジネスを考えてもいいのではないでしょうか。

岩本 私は音楽や好きなミュージシャンについてならいくらでも話をできますが、それと同じで、自分の会社や自分の仕事を好きになれば、営業現場でも熱意を持って話すことができます。

 うまくしゃべらなくてもいいから、自分の気持ちや思いを込めて話すことが大事。それを続けていれば、営業現場で勝てます。大手がひしめき合うIT業界にあって、規模で劣るアイルが連戦連勝できているのは、社員が自らの気持ちで動いていることが大きいと思います。

机上論では人は動かない

岩本 ビジネスは机上論では語れないし、経済学や経営学で人は動かない。人を動かしたり、共感させたりできるのは、パッションです。そこは、ライブやアートと同じだと思います。

 学生向けの企業説明会は、今でも私が出ていってしゃべります。他社のようにスライド資料を順番に読み上げていくような説明会ではなく、情熱を込めてどんな会社なのか、どんな会社になりたいと思っているのかを伝えます。「会社のカラーに染まる必要はない。自分の個性を大切にしてほしい」「自分が正しいと思ったことは、お客さまにも上司にも遠慮せずに言っていい」と。

 ライブと同じで、ステージの上にいる人間のパッションは、聞いている人たちにダイレクトに伝わります。アイルの企業説明会に参加した学生の9割以上が実際に面接を受けに来ますし、入社してもほとんど辞めません。学生は、ステージでしゃべっている人間のパッションを敏感にかぎ分けているのです。

 経営トップに本当に必要なのは、細かいビジネススキルではなく、人を共感させたり、感動させたりできるパッションとセンスだと私は思います。そして、繰り返しますが、社員が「この仕事、この会社が好きだから働いている」と思えるような環境を整えてあげることが、経営トップの一番大事な仕事だと考えています。

遠山 ビジネスをやっていると、どんなにヘトヘトになっても、お客さまが「ありがとう、おいしかったよ」と言ってくれるだけで、疲れが吹き飛びます。それは、肌感覚でみんな分かっています。ただ、それ以上にお客さまを神格化する必要はない。スープストックトーキョーを始めた頃は、「お客さまは神様」というのが世間の常識でしたが、そこに振り回されてしまうと、自分がやりたいことは何かが分からなくなってしまう。

岩本 私も「お客さまは神様ではない。お客さまとの関係はフィフティー・フィフティーだ」といつも言っています。お客さまが間違ったことを言ったら、「間違っています」と言えばいいし、無理な要請なら「できません」と断っていい。フィフティー・フィフティーの関係があるからこそ、私たちはプロの目からお客さまにとって最適な提案ができる。結局は、それがお客さまのためにもなるのです。

遠山 私が経営を続けてきて思うのは、人々は「自分が何をやりたいのか」を明確にすることにすごく不慣れだということです。特にわれわれの世代はバブル経済や日本企業が世界の主役という時代を経験してきましたから、個人の夢を語る必要がありませんでした。大きな会社に就職すれば、おのずと仕事を割り当てられ、それを粛々と進めることが使命だった。

 しかし、私は個展を開いて、直接「いいね」と言われることの喜びを知ってしまったので、自分なりの理由があって、自ら動いて、世の中に評価されることが喜びであり、それに対して情熱を注ぐことが当たり前になりました。

 ですから、当社には「何年後に売上高を何億円にする」といった数値目標がありません。ファミリーレストラン「100本のスプーン」は、おかげさまでいろいろなデベロッパーから出店のお誘いを頂きますが、まだ3店舗しか展開していません。自分たちにやる理由がない限りはやらないことにしていますし、数が多いことがいいことだという価値観がないからです。