先を見通せないならば
経営者を辞めた方がいい
――ですが、今回のコロナ禍でテレワークなどが進んだことにより、「出張のために移動する必要はない」とビジネスパーソンが気付いてしまった面があります。特にビジネス需要は、コロナ前の水準には戻らないのではないでしょうか。
従来以上に、(ビジネスパーソンの)ビジネスの効率や労働生産性が問われるようになるでしょう。5G(第5世代移動通信システム)のスタートで通信技術はもっと発達しますし、移動を伴わずともテクノロジーの進化でカバーできるところもでてくる。そもそも、「何かあるかな」程度で海外出張をしていたのだとしたら、それは行く意味のない出張だったんです。
――そういう無駄な移動は確実に減りますよね。
だけどビジネス上、face to faceでコミュニケーションする必要性があるのは不変だと思うし、ビジネス以外のプライベートでも、実際に旅行など移動したいという人間の欲望はなくならないでしょう。
コロナは外出自粛を迫られるなど、みんな禁欲生活を強いられている。この禁欲生活を、コロナが終息しても続けると思いますか。あり得ないですよね。恐らく、前よりも余計に移動したり、消費したりするようになる。
ただし、一生懸命、禁欲してきてやっと外に出られるようになったときに、前と同じものを出されても面白くないですよね。そんなものに消費者はあまり魅力を感じないはずです。
だから、われわれはユニクロさんと「今は非常に落ち込んでいるけど、コロナの終息に合わせて革新的な素材を使った画期的な新商品を出そう」と画策しています。自動車も、ガソリン車重視へ回帰するよりは、従来の価値観が覆るような新しい車を提案した方が消費者は飛びつくのではないでしょうか。
航空機だって、求められる要素が変わってくる可能性がありますよね。だから、18年に買収したTAC社(Toray Advanced Composites。旧TenCate Advanced Composites Holding)の製品・技術を使って炭素繊維複合材料の用途開拓や技術開発を積極的に行っていく考えです。
――もしかすると市場全体は縮むかもしれないけれど、コロナ前と同等の、もしくはそれ以上の市場を手にできるかどうかは企業努力次第ということですね。
コロナは非常に大きなチャンスにもなり得るので、ここで新しいものをどんどん出していく準備をする。いわゆる不況時に仕込む好況対策です。今は経済活動が停滞していて時間はあるわけだから、徹底的に研究開発することによっていいものを作って革新的なものを出す。禁欲を解かれた人はそっちに走っていくと思います。
よく皆さん、先が見えないとか言いますけどね、それは違うでしょ。これまでの世界経済のあり方の変遷と、人間の行動心理を考えれば予測は付くじゃないですか。
ここで「先が見通せない」と思う経営者は、辞めた方がいいんじゃないですか。「これだけのことが起きたんだし、どうなるか分からない」と思考停止に陥り、1年間じっとしていたらコロナ終息後の世界の動きに完全に乗り遅れますよ。すでに中国はどんどん先を読んで手を打ってきているわけですから。
研究開発費も設備投資も
減らすことはしない
――ということは、ここで研究開発費や設備投資を減らしていく経営判断などするわけがないということですね。
それはありません。残念ながら2~3カ月の投資の遅れは出ますけどね。だって各国による移動制限があるので、(設備を拡充するために)人を送ったりできないから。建設も遅れるだろうし。ただ世の中も2~3カ月は活動が止まるから、この遅れは良しとしようと思っています。でも、投資が遅れるからってやめるというわけじゃない。
今、5年後、10年後のための研究開発をやめたら、200億~300億円くらい利益は上乗せできますけどね。それをやったら一時的には優良企業になれるかも分かりませんが、10年後の未来はないじゃないですか。3期赤字の事業や3年やって形にならない開発をやめて、先端開発については後からベンチャーを買って手に入れればいいという考え方もあるかもしれない。でも、素材は技術の蓄積がないと絶対に革新的なものは生み出せないんですよ。
――ベンチャーにもできない?
ベンチャーで素材を開発するのは難しい。だってわれわれ、50年も炭素繊維をやってきてまだ開発途上なんですよ。ベンチャーにそれができるんですか? 10年後、20年後の世の中に何が必要かを考えて、そこによそではできない革新的な材料を提供するのがわれわれの使命だと思っています。
――仕掛けずとも需要が拡大している製品もあるんですよね。
マスク向けの不織布は当然フル稼働しているし、防護服の引き合いも非常に多いです。
あとは何といっても半導体関連製品です。中国がここにきて半導体の関連設備をフル稼働してきており、グループで手掛けている半導体の基板材料や検査装置の需要が高まっている。中国は、コロナ明けに韓国を抜いて半導体で世界制覇しようと思っているんじゃないですか。
Photo by M.K.
――結局、コロナから最初に復活するのは中国なんじゃないかと思います。
いや、少なくとも足元ではすでに完全復活していますよ。
――そして最近、産業界では、世界で最もコロナからの復活が遅れるのは日本になりそうだとの意見が専らです。中国が日本企業を買いに来るのではないかとの懸念の声も聞こえてきました。
はい、そういうことが喧伝されていますね。だから僕はやっぱり国として、相当お金はかかると思うんだけど中小企業を中心に徹底的に企業をサポートしなきゃいかんと思います。国家予算がどうだとか、赤字がGDP(国内総生産)の何倍に増えるとか、そんなこと言っとる暇はない。コロナという強敵と戦争している最中にですよ、会議を開いてどうするかなんて言っとる余裕はないと思う。国が救済する過程で支援を受けた企業に不正や問題があれば、後できちんと罰すればいい。
日本が世界で稀有なところは、中小企業が国のベースを支えているところにあると思うんです。韓国は部品や素材を供給する中小企業が少ないから、工具一つ取っても、国内調達が難しい。日本は、そういう部材がふんだんにあるじゃないですか。
経済学者の中には、支援を手厚くすると本来、自然淘汰されるべき企業が生き残ってしまうと言う人がいるんだけども、僕は、日本はそういう中小企業が頑張っているところが強みになっていると思うんですよね。欧米流の考え方でいくと、合従連衡して企業規模が大きくなればいい、自動車メーカーの数が多過ぎるとか言われるんだけど。
いずれにしても、今回のコロナ禍は産業界にとって1929年の世界大恐慌なんかよりはるかに大きなインパクトがあると思うのに、国によって企業支援に大きな差が出てくる可能性があることを心配しています。
米国はアクションが速いし、中国だって速いんですよね。中国は問答無用で工場の操業を止めろと言ったけど、その代わりきちっと休業補償をしていますよ。あまり補償の金額については言えませんが。ここで国が何もできずに企業がつぶれてしまったら、海外企業に買収されることもあるやろうし、それこそ日本経済は下手したら10年間、立ち直れなくなってしまう。



