「グローバリゼーション」という
ユートピアは存在しない

――今回のコロナ禍は、米中問題や日韓問題によって各国間に「デカップリング(世界の分断)」論が巻き起こっていたところに発生しました。現在は物理的に「世界封鎖」の状態になっていますが、コロナが終息した後、各国は何事もなかったかのように自由貿易を前提とした経済体制に戻るんでしょうか。

 僕はもともとね、自由貿易なんていうのはあり得ないと思っているんです。グローバルスタンダードとか、(世界を一体化した共同体とみなす)グローバリゼーションが成り立つユートピアなどないと。というのは、もともとグローバル化と国際化は違うのでね。国際化は国が違うことを前提にしていて、国の条件の違いを全部考えた上で関税などの各国間の交易条件を決めていく世界ですよね。

 ところがあるとき、全ての“国境”をゼロにして「フリー、フリー」と言い出す「グローバル化」が推進されるようになりました。でも、そんな国益が流出することをしたら絶対に国が持たないですよね。それぞれ、保有している資源も気候も民族もみんな違うんだから。そうした“無理”がひずみとなって、米中貿易摩擦や保護主義といった形でいよいよ表面化しただけじゃないですか。

――トランプ米大統領の政策などは、行き過ぎたグローバル化の揺り戻しだったと見ているわけですね。

 そう。今まではグローバリゼーションの方向に流れて全部自由に交易したらいいんだって言ってきた。だけど、そこに「国家資本主義」の中国が入ってきたんでおかしくなった。国家資本をベースに他国の一般企業と競争したら、そりゃ中国の一人勝ちになるじゃないですか。それに、中国以外の国だって、建前は自由競争だと言っておきながら自国産業を保護するための政策を大なり小なり講じていますよね。

 だから僕は基本的には、コロナ終息後は再度、各国が交易条件について真剣に考えるようになると思います。むしろコロナという感染症対策に関わる製品・技術すら恐らく米中貿易摩擦の火種になってくると思います。

――つまり、コロナの終息後には、企業はどの地域のどのような製品・技術・サービスで主導権を握るのかということが大事になるわけですね。グローバル化の揺り戻しに、東レはどのように対応していこうと考えていますか。

 これまで進めてきた「地産地消」を極めることに尽きます。交易条件は、為替も含めて常に変わるし、国のリーダーが代わっても変わる。そうした変化にその都度、大きく左右されることがないようにするには、地産地消の考え方を前提に世界中に拠点を持つしかないですよね。例えば炭素繊維の場合ならば、日本はもちろん、米国、韓国、欧州といった具合に。

――だからこそ気になることがあります。東レは言うまでもなく日本企業ですが、韓国とも中国とも米国ともものすごく関係が深い。しかし、各国間は今、自国経済を保護するために緊張関係にある。米中問題や日韓問題が勃発し、韓国と中国がエレキ分野でガチンコ勝負になったら今後は中韓問題も勃発するかもしれない。そういう微妙な環境下で東レは「結局どの国に付くのか」と、選択を迫られることになりませんか。

 どこの国に味方するというよりも、われわれはそれぞれの地域、社会に貢献するというスタンスでビジネスを展開しています。

Photo by M.K.

――今のところ、東レの戦略と各国の政治的な思惑に齟齬は出ていないんですか? 「あなた、米国の“国策企業”であるボーイングと仲が良いから、われわれ中国勢は仲良くできません」といったような。

 そういうことは基本的にないですね。だって考えてみてくださいよ。中国だってボーイングから航空機を買っているわけだし、テスラにだって進出してきてほしいわけじゃないですか。政治問題は確かにあるけれど、経済という場面ではお互いに連携してるという事実があるわけです。

 日本だってグローバル化の揺り戻しで安全保障上、重要な製品などについては、どのくらい自国で生産するべきか見直すことになるでしょうが、採算度外視で国内で何でも造って未来永劫やっていけるのかといえば、やっていけるわけがない。今、国は国産化志向を強めているようですが、コストがペイしないのであれば、企業としては「ちょっとそれは無理ですね」と思うでしょう。

 それはどこの国でも言えることですよ。だからこそ、うまい落としどころというか、お互いに納得できる交易条件を見付けて、win-winに経済活動を行える関係を築いていくことが必要になるんだと思います。

――どこかの国に限定するのではなく、地産地消で世界展開していく、という東レの戦略は変わらない、むしろ変える必要がないということですね。ちなみに、日本ではもはや、素材産業が一番強い。炭素繊維なんかが分かりやすいですが、日本の素材企業の製品は外交上の切り札になり得るレベルにあると思います。そうなったとき、進出場所というのは、経済合理性だけで決められるものですか。

 軍需産業向けの素材などには制約が生じますが、そういうものを除けば、進出先は周辺に製品を供給できる市場があるか、競争力を持って生産できる環境が整っているかの両面で決めるというのが企業としては当たり前ですよね。

 例えば、日韓問題があるのに東レは何であんなに韓国に拠点があるんだとよく言われるんですが、それはやっぱり、われわれの素材を生かしてくれて、かつ世界的に事業を展開しているサムスングループとかLGグループとか現代自動車がお客さんとしている国だからです。韓国と日本は政治的な問題はありますが、経済的には持ちつ持たれつの関係にあるんですよね。

 一方、われわれは中国もほとんど独資で出ています。エアバッグ用の合成繊維の生産拠点がある南通も、紙おむつ用の高機能不織布の生産拠点がある佛山も独資。中国としても、重要素材を供給してくれるメーカーには進出してきてほしいんですよね。

――中国に技術を盗まれるという懸念はないのですか?

 よく日本企業が中国に行って隣に同じようなものを造られたとかあるけど、それは……取れるもんなら取ってみろということだよね。海水の淡水化や排水処理などに使われる水処理膜を中国で造ると決めたときも国の方は結構心配していたんですが、そんなの全然問題ないですよと言った。われわれはどんどん開発を進めて製品を進化させていっているから、仮にまねしてできるようになったとしても時代遅れもいいところだから。

 炭素繊維は機微技術だから、海外で技術漏洩したらお縄になりますしね。その割には、中国は造り方までまねているけど。どこで研究しているのかな……。だけどそれはそれで別に構わない。

――それだけ自社の技術に自信があるってことですよね。

 われわれは、よそがそう簡単には造れないものを造っているということです。

にっかく・あきひろ/1949年1月6日生まれ(71歳)、兵庫県出身。73年3月に東京大学大学院修士課程修了後、4月東レ入社。米国、フランスに赴任経験がある。2010年より現職

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