業務の無駄や重複がなくなり
生産現場の意識と行動が変わる
こうして2015年、FileMakerを使った新生産管理システムの開発プロジェクトが始動した。
土屋氏と織部氏の2人は、FileMakerの公式教材で自学自習した後、Clarisの開発パートナー企業で4日間のトレーニングを受講し、開発に着手した。
最初に手掛けたのは、数ある品目の中でも、製造プロセスが比較的シンプルなロースハムの生産管理システムであった。
「まずは簡単なアプリケーションの開発から始め、『小さく生んで、大きく育てる』ことを目指しました。トレーニングを受けて、FileMakerの使い方は一通り習得していましたが、実践経験を積みながら、少しずつ難度の高い追加機能の開発にステップアップしていくためです」と織部氏は説明する。
こうして、一つの品目に絞って生産の上流工程から徐々にアプリの開発を進め、他の品目にも広げていった。同時に、現場が利用を開始したアプリについても、「ここを直してほしい」という要望があれば、すぐに修正対応した。
小口氏は、「開発しやすいだけでなく、一度つくったアプリを簡単に改修できるのもFileMakerの利点です。従来は、改修のたびにシステムをストップしなくてはならず、それだけでも大きな経営負担になっていました」と振り返る。
外部ベンダーとやり取りする必要がなく、生産ラインを稼働させながら改良を重ねられるので、想定していた以上に短期間でシステムを構築することができた。新しい生産管理システムを全面稼働させるまでに要した期間は、プロジェクトの始動からわずか1年ほどだった。
この新生産管理システムは、信州ハムの生産現場にさまざまな成果をもたらした。なかでも、手書きの日報作成が不要になったのは大きな効果だ。
「以前は、作業が終わると日報を記入し、それを別の担当者が取りまとめて基幹システムに入力するという手続きを踏んでいました。新生産管理システムでは、iPadで生産現場の担当者が作業内容を入力すればそのまま登録されるので、手書きや集計の必要がありません。おかげで業務の無駄や重複がなくなり、現場の担当者は、生産や品質管理により多くの時間を割けるようになりました」と土屋氏は語る。
担当者が情報を入力しやすいように、iPadに表示される項目は必要なものだけに絞り込み、ボタンを大きくするなど使い勝手を工夫した。FileMakerは柔軟なUI(ユーザーインターフェース)設計が可能で、これも導入の大きな決め手の一つになったという。
入力した内容は手持ちのiPadにすぐさま表示され、時系列の変化も確認できるので現場担当者がデータを活用しようとする意識も高まった。たとえば、前日と比べて歩留まりが低ければ、もう少しロスを減らそうとする意識や行動の変化が表れたのだ。
「従来のシステムでは、最終的な歩留まりを把握できるのに1カ月ほどかかっていましたが、いまでは工程ごとの歩留まりをほぼリアルタイムに把握できるようになり、より緻密なコスト管理が可能になりました」(織部氏)