個人(パーソナル)の状況に応じて
コミュニケーションを最適化する
パーソナル防災の実現において、コミュニケーションは重要な要素となる。しかし、現状ではそこに大きな課題が横たわっている。
例えば、自然災害とその被害について報道で知ることは頻繁にあるが、実際に人生の中で大きな災害を受けることは多くはない。1回受けるかどうか、かもしれない。だから、それが自分の身に起こる可能性が低く、想像が働かない。
「正常性バイアス」というものがある。人は生きるために苦しいことは忘れていかなければならない。こうした認知のありようによって、自分だけは大丈夫だろうと思ってしまう。
また、都市が強靱化していることもコミュニケーションの阻害要因の一つになる。災害が起きるたびに防災・減災に精力的に取り組んできた結果、世界から見ると規模の大きな地震であっても、日本は、特に地震の揺れに関しては人的被害が少なくとどめられるようにもなってきているといえる。一方でレジリエントになればなるほど、リスクへの意識や危機感・個人の備えの意識が薄くなってしまい、それによって事前の防災・減災のためのコミュニケーションが難しい局面も生まれる。
「こうした課題に対して、ハードウエアによって防災都市(要塞都市)をつくることで対応しようとすることには無理があります。そうではなく、平時・災害時を通じて3Xを実現する技術を積極的に活用することが重要です。個人・世帯・組織・地域での個々人(パーソナル)の特性に落とし込んだ行動変容を、着実に促進させる公助の防災・減災対応とも並行して進めていくことが現実的だと考えます」(東穂氏)
そのためのキーとなるのが、リスクコミュニケーション・行動デザイン(ナッジ)・ナビゲーションを活用し、個人向けにオーダーメードされた防災力と、それを支える平時からの多様化する個人に合わせた新たな「共助リンク」の形成・強化による自助力の向上、すなわちパーソナル防災ということになる。
例えば今後、災害や感染症の感染拡大に即時対応するために、あらゆる場所に高精度のカメラやセンサーを装備するなど、社会インフラとしてのDXは大きく進展するだろう。既にマルチエージェントシミュレーションなどの技術は実装されているが、これらのセンサーから正確な情報を瞬時に収集しシミュレーションに活用することで、被害がどのように拡大するかリアルタイムに精緻な現状把握とそれに基づく予測ができるようになる。
一方、個人についても、上記のリアルタイムシミュレーション結果と連動させた、災害弱者を含めた被災地域の個人へのローカライズされた「危険回避行動の提案」と、支援者を巻き込んだ事前の誘導が可能になる。さらにCXを組み合わせることで、変化する心身の状態、滞在場所(自宅/公・民避難所/知人宅/学校・職場など)に合わせた個人の生活状況、また安全に対する価値観、安心の感じ方などに応じた、「多様な個人」に質や量の面でも寄り添う最適化されたコミュニケーションが可能になり、リスク回避・低減効果はより高まる。
こうしたパーソナル防災に関わる技術は、既に実現可能なレベルにまで達しているものもあるという。東穂氏は1つの事例として国土交通省の3D都市モデルPLATEAU(プラトー)を紹介する。
「2次元マップではいまひとつピンとこなかった浸水深を3Dビューワーで見ることで、垂直避難が可能かどうかを判断できます。平時においても管理組合や周りの住民と事前の対策を講じるきっかけにもなるはずですし、浸水被害のリスクが可視化されるので、家やマンションを購入する際にも判断の材料になります」
これまでのさまざまな災害事例からも、公助だけでは命を救えない、ということは分かっている。災害が起こるたびに、多くの人が無念の思いをかみ締めてきた。そうではなく、公助の取り組みも基本に、DX、CXを活用して個人の防災力を向上させ、自助や共助につなげることが、予防から事後対応までをカバーするパーソナル防災の理想の姿といえるだろう。