スイス・ジュウ渓谷のル・ブラッシュにて1875年に創業したオーデマ ピゲ。その名は2人の時計師ジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲに由来している。世界初のミニッツリピーター腕時計や当時世界最薄の腕時計を発表するなど名声を博し、「伝統と革新」をコンセプトに新技術、新機軸を盛り込んだタイムピースを150年近くにわたって世に送り出し続けている。
その高い価値と希少性により今も新製品、そしてヴィンテージ品は世界中で引く手あまた。名門時計メゾンの実像と人気の秘密について、20年以上のスイス時計取材経験を持つ3人=時計ジャーナリストの菅原 茂、柴田 充そして編集記者の数藤 健が語り合った。(文・数藤 健、柴田 充/文中敬称略)
ジュウ渓谷で創業、技術・新機軸で時計界をリード
菅原(以下、菅) スイスの三大高級時計メゾンの中での、オーデマ ピゲの昔から通貫するイメージは、先進的・技術志向であることですね。ジュネーブとは趣の異なる静かなジュウ渓谷で、同社の時計師は昔からじっくり思索を巡らせ、次々に新機軸を打ち出してきた。
ミニッツリピーター(ハンマーがゴングをたたく音で時間を知らせる機構)、ジャンピングアワー(文字盤に設けられた小窓にデジタル数字で時刻を表示する機構)や、年・月・日・曜日を表示するフルカレンダー。みな同社が先駆けて小型の腕時計に搭載した超複雑機構(コンプリケーション)です。技術で時計界をリードしてきました。
柴田(以下、柴) 途中からジュール=オーデマが開発に専念し、エドワール=ピゲがマーケティングを担ったんですよね。そして創業者に続く世代には、懐中時計の技術を腕時計に積極的に取り入れた先駆者がそろっていた。黎明期はジュネーブにブティックがなかった分、海外にも積極的に販路を求めたと聞いています。開拓者=パイオニアでもあったのです。そして、約150年たった今もブランド・コングロマリットに属さず独立経営を守っている。
数藤(以下、数) 20世紀に入って、そのパイオニア精神が生んだ傑作が1972年発表の「ロイヤル オーク」です。時計デザインの天才、ジェラルド・ジェンタが八角形ベゼルと円形ダイヤルを融合させ、腕なじみのいい、他の何物にも似ていない造形を生み出した。ステンレススティール(SS)素材を徹底的に磨き込み、凝った形状に仕上げて高級感を醸成しました。
2021年の新作。ケースとブレスレットは軽量かつ耐傷性に優れ、いつまでも美しいつやや輝きを損なわないセラミック製。シリーズ初の小径のオールブラックセラミックに、ピンクゴールド(PG)とのバイカラーのコントラストが洗練されたラグジュアリーを演出する。
セラミック、ケース径34mm、5気圧防水、自動巻き、パワーリザーブ約50時間。533万5000円(税込み。本記事の価格は以下全て税込み)
菅 スティール時計の価値を上げたエポックメーキングな作品です。腕時計に物語性を持たせたのも画期的でした。ロイヤル オークって、もともと英国の戦艦の名前なんです。王様のカシの木、すなわち“お守り”。時計において守るとは、水から守ること、つまり防水。潜水服のヘルメットに着想を得た八角形ベゼル……。心躍る連想を喚起するストーリーがありました。
1954年生まれ。スイス時計取材歴30年のベテラン。専門誌や一般誌、ウェブで広く活躍中。
数 2022年はロイヤル オーク誕生50周年。今も普遍性を保ちまったく古さを感じさせません。今や“ラグジュアリー・スポーツウオッチ”の代名詞となりました。
柴 90年代にさらに防水性を高め、満を持して送り出したのが「ロイヤル オーク オフショア」。これで人気が加速しました。お洒落かつスポーティーで、タフなイメージや未来感もありましたね。90年代から腕時計の取材を始めていたので、当時のオーデマ ピゲのブレークぶりはよく覚えています。
2021年の新作。キャリバー4401を搭載し、クロノグラフは従来の縦から横配列に変更した。存在感ある新しいケースサイズに、特許取得のストラップ交換可能システムを採用し、シーンに合わせて容易に交換できる。
SS、ケース径43mm、10気圧防水、自動巻き、パワーリザーブ約70時間。445万5000円
数 98年に初めてジュネーブサロン(高級腕時計見本市)の取材に行って、同社のブースで手に取ったロイヤル オークの輝きは忘れられません。ステンレスケースの時計でしたが、つや消しと光沢の表面仕上げのコンビネーションがほれぼれするほど美しかった。潜水服のヘルメットから着想を得たステンレスのベゼルに配されている、八つのビスが、ホワイトゴールド(WG)製なんです。「高級って、こういうことか」とうなりました。