田内 学1978年生まれ。東京大学入学後、プログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。 同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。19年退職。現在は子育ての傍ら、中高生への金融教育に関する活動を行っている。

「経済とは何か」「投資や年金問題の本質とは何か」――。お金ではなく、「人」を中心にしたユニークな解説で話題となっている経済の入門書『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)。その著者であり、元ゴールドマン・サックスの金利トレーダーの田内学氏にお金や経済についての考えや、初心者や若者が心掛けるべき投資の在り方などについて聞いてみた。

「人」を中心に見ると、経済はすごくシンプルになる

――田内さんはゴールドマン・サックス証券でトレーディングに従事し、一度に数百億円もの取引をしていたと聞きます。そのような金融のプロが「人」や「労働」に注目した「経済の入門書」を書こうと思い立ったきっかけは何だったのでしょうか。

 私自身、経済の目的は「お金を増やすこと」だと漠然と思っていました。しかし、一つ一つの財布を見るとお金は増えたり減ったりしますが、社会全体を俯瞰して見ると、お金は増えも減りもしていません。

 個人と企業の預金は年々増えていて合わせて1200兆円を超えています。一見、「預金が増える=お金が増える」ように思えます。ですが、日本で発行されている紙幣、つまり現金の量は約120兆円。それ以上にお金が増えるはずがありません。預金残高が増えているのは、銀行が貸し出しを繰り返し、そのお金が銀行に預金として入るからです。つまり、貸し借りが増えているだけで、お金自体が増えているわけではないのです。

 実は、「人」を中心に見ると、経済はすごくシンプルになります。社会全体にとって大事なのは、お金が流れることで「誰が働いて、誰が幸せになるのか」ということです。経済活動によって増やせるのは「お金ではなく、人々の感じる生活の豊かさ」という点をもっと重視すべきなのです。

 今回のコロナ禍では、しばしば「経済を回すことも大切」、あるいは「経済のため」というような言い方がされました。耳にすることも多い「経済効果」という言葉と同様、非常にもっともらしい言い方に聞こえます。しかし、これらは「お金を流すため」という意味でしかありません。

 お金を流すだけを目的とした政策が優先されると、人々に無駄な労働が増えたり、効用が十分でなかったりして「人々を幸せにする」という本来の目的から遠のいてしまいます。

 これでは、本来は学力を身に付けるはずの勉強で、テストの点数を上げるために「一夜漬け」をする学生と同じです。お金を流すこと自体を目的としてはいけないと思います。

 経済の問題は、専門家だけに任せるものではない。より多くの人が経済を自分事として考えられるようになれば、未来の社会はずっと良くなると思ったのが本書を執筆した理由です。

お金だけでは問題は解決できない

――この本で最も強調したかった点は何ですか。

 一言でいうと、「お金を過信してはいけない」ということです。

 私たちはお金さえあれば、いろいろな問題を解決できると思いがちですが、そうではありません。極端な話、何もない無人島にお金を持っていっても意味がないですよね。

 それは、お金自体が問題を解決しているわけではないからです。

 お金というのは、いわば問題解決を誰かにお願いするためのチケットのようなものです。お金という「チケット」を受け取った人が働いて誰かの問題を解決しているわけです。

 今の世の中は「チケット」を集めることばかりに気を取られているのが実情です。その一方で、実際に問題を解決している人が軽視されています。コロナ禍で感染リスクにさらされながら働いてくれたエッセンシャルワーカーが注目されたのは、そのことに多くの人が気付いたからでしょう。

 他にも、安心な老後のためには年金だけでは足りず、1世帯当たり2000万円用意する必要があるという「老後資金2000万円問題」が大きな話題となりました。

 ここでも、「2000万円」という金額と「いかにお金を増やすか」ということばかりに目が向いています。

 しかし、「少子高齢化によって働く人が減少する」という根本的な問題を解決しないと、いす取りゲームのようなことになりかねません。少子高齢化で若い人が減っていけば、高齢者の多くが働かざるを得なくなる。さらに、保育園の待機児童問題と同じように、お金があっても介護サービスを受けられなくなる可能性もあります。

 いすの数は限られているため、みんながお金をためればためるほどいすの価値は上がり、2000万円あっても座れなくなるかもしれない。

 問題を根本的に解決するなら、少子化対策や生産効率の向上などによって「いすの数」を増やすことを考える必要があります。