コロナ禍で戦略的売却を駆使した事業ポートフォリオの組み換えやビジネスモデル転換によって、激動の時代を乗り切ろうとする欧米企業が増えている。他方、日本では売却をネガティブに捉えがちだ。子会社だったフーリハン・ローキーを売却したオリックスの宮内義彦シニア・チェアマンと、自ら創業したGCAをフーリハン・ローキーに売却することで世界一のM&A(合併・買収)助言会社を目指すことを決断した同社の渡辺章博会長に、事業と人の成長に焦点を当てた戦略的売却の意義とM&Aの本質を語ってもらった。

日本でもM&Aが相当な勢いで増えていく

――デジタル化や脱炭素化といったメガトレンドへの対応を含め、M&Aを積極的に活用する企業が世界的に増えています。戦略的なM&A活用の在り方について、お二人はどうお考えになりますか。

宮内 おっしゃる通り、世界的な潮流としてM&Aが増えています。日本はその潮流に乗り遅れていましたが、これから相当な勢いで増えていくと思います。

 今、持続可能性ということが社会的にも経済的にも大きなテーマになっていますが、日本の企業の場合は、自社の社名を存続させることへの執着が強過ぎる気がします。大切なのは事業が持続的に成長していくことであって、社名を残すことではありません。

 日本で大企業といっても、世界的に見ればそれほど大きいわけでもありません。もっと規模を大きくする、経営効率を上げて収益力を高める、あるいは自社に足りないものを補って成長のスピードを速める。そのために、M&Aは非常に重要な手段の一つですから、戦略的にM&Aを活用できるかどうかは、まさに経営力を問われているということだと思います。

オリックス シニア・チェアマン
宮内義彦
日綿實業(現双日)に入社し、1964年オリエント・リース(現オリックス)入社。70年取締役、80年代表取締役社長兼グループCEOに就任。その後、代表取締役会長兼グループCEOを務め、2014年から現職。著書に『経営論』(東洋経済新報社、01年)、『私の経営論』(日経BP、16年)、『私の中小企業論』(同、17年)、『私のリーダー論』(同、18年)などがある。

 日本はいわゆるメンバーシップ型雇用の企業が大半で、会社への帰属意識が非常に高く、よその会社と一緒になるのは考えられないという人が多い。それが、M&Aを躊躇(ちゅうちょ)させる原因の一つかもしれません。しかし、これからはもっとオープンで、多様性のある組織にしていかないと、グローバルに事業を展開したり、イノベーションを生み出したりすることは難しい。実際、そう考える経営者が増えていますので、M&Aへの抵抗感も薄れていくと思います。

 それから、世界的に見ても日本は長寿企業が多い。それは必ずしも悪いことではありませんが、産業界の新陳代謝が活発でないことの裏返しでもあり、同じ業界内の企業数が多過ぎて収益性を高める上での足かせになっている面があります。それも、日本がここ30年停滞している大きな原因になっていると思います。M&Aが当たり前の経営手段としてもっと活用されていれば、日本経済の様相は今とは違ったものになっていたでしょうね。

渡辺 宮内さんがおっしゃったように、日本でもこれからM&Aが急速に増えていくと思います。私は、日本のM&Aは今、第1段階にあると考えています。第1段階のM&Aとは、自社の規模を大きくしたり、新たな分野に進出したりするために企業を買収することを目的としたものです。例えば、日本でいえば国内市場が縮小する中で、海外でビジネスを展開するために国境をまたいだクロスボーダーM&Aが相当増えました。

 一方で、起業の目的は何かを振り返ると、お客さまのためにもっと役に立ちたい、社会に貢献したいという思いが原点にあって創業された企業が多い。私もまさにそうでした。GCAを創業したときは、独立系のM&Aアドバイザリーとしてお客さまの役に立ちたい、それを通じて社会貢献したいというところからスタートしました。

 そのためには、規模を大きくしなくてはならないし、足りない人材も補っていかなくてはならない。そうするとM&Aはすごく自然な経営判断で、米国や欧州の同業を買収して会社を成長させました。

 ただ、創業の原点に立ち返ると、規模を大きくすることが目的ではなく、お客さまや従業員、社会の役に立つことが目的ですから、そのためには買うだけでなく、売るという選択肢もあります。よその会社と一緒になることで、お客さまにもっと役立つ存在になれるかもしれないし、従業員が活躍できたり、待遇が良くなったりするかもしれない。そういった社会的価値を創出するためにM&Aを活用する。それが、第2段階のM&Aだと私は考えていて、日本も今そこに差し掛かっていると思います。