――データやAI活用における日本の“敗戦”が指摘されていますが、企業経営におけるアナリティクスの活用・浸透という点において、日本と海外主要国に顕著な差はあるのでしょうか。

神津 一概には言えないと思います。三つのポイントがあって、一つは、海外との産業構造の違い。二つ目は、文化や価値観の違い。そして三つ目が、経営者のバックグラウンドの違いです。

 一つ目の産業構造については、日本は製造業が中心で、英国は金融、米国はサービス業が強くて、最近は中国でもサービス業が伸びています。米国ではサービス強化のためにデータアナリティクスが発展してきた経緯があります。

 デロイト トーマツ グループでは各国のメンバーファームがアナリティクスチームを有しており、そのリーダーたちと定期的に対話していますが、特に、米国、英国の金融業界では、日本とは比較にならない規模でマネーロンダリング(資金洗浄)の問題が起きていますから、その対策にデータを活用すべく、巨額の費用が投じられています。

 日本もやっていないわけではありませんが、欧米や中国などと違い、企業不正に対する内部監査部門の影響力が大きくありません。これまでは、海外に比べると不正の規模が小さかったため、それほど時間と労力をかけてこなかったという経緯があります。これが二つ目の文化や価値観の違いです。

 最後に経営者のバックグラウンドという観点から見ると、米国の経営者は理工系出身者が日本に比べて圧倒的に多いです。元々技術を学び、慣れ親しんでいるので、データアナリティクスについても、自らいろいろな活用法を試して、その効果を実証しながら経営の高度化にチャレンジしています。

岩村 内部監査部門については神津が指摘した通り、日本と海外で影響力に大きな差があります。海外の企業では、内部監査がエリートコースにもなっていて、経営者としての訓練を行う組織と位置付ける企業もあります。内部監査のようなコーポレート(本社)部門がビジネス部門に対して一定の影響力を発揮しようとすると、ビジネスの知見では太刀打ちできないので、データに基づいて客観的、論理的な判断や議論を行う必要があります。このため、日本企業ではコーポレート部門でのアナリティクス活用が進んだという背景もあります。

 日本の経営者の中には、米中の巨大テクノロジー企業にデータを押さえられているという感覚をお持ちの方もいらっしゃいます。確かに、一部はそうかもしれませんが、クローズドな領域のデータや、脱炭素やスマートグリッドといったESG(環境、社会、ガバナンス)の分野については、まだまだ日本にもチャンスがあると思っています。

大きく考え、小さく始め、素早く拡大する

――企業が直面している主要なリスクをコントロールし、成長の機会を獲得していく上で、アナリティクスはどのようなポテンシャルを発揮し得るのでしょうか。

「リスクマネジメント×アナリティクス」で不確実性を乗り越え、経営を高度化するデロイト トーマツ グループ
リスクアドバイザリー ビジネスリーダー
岩村篤氏
2000年監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)入社。21年デロイト トーマツ グループ執行役、リスクアドバイザリー ビジネスリーダー、有限責任監査法人トーマツ 執行役およびデロイト トーマツ リスクサービス 代表取締役。

岩村 企業には、短期的・中長期的にいろいろなリスクが存在し、いずれにも対処していかなければなりません。中長期的に必ずやらなければいけないことの筆頭が脱炭素の取り組みです。

 デロイト トーマツ グループは「ESGデータドリブン経営」を提唱しています。これは、単なる規制・ルール対応としてのESG経営ではなく、データを主体的に活用し、経営に取り組もうというものです。その際にポイントになるのがESGデータを中心とする非財務情報です。財務情報はもちろん、非財務情報も合わせて分析し、経営判断を下していくことでリスクという不確実性に対応したり、あるいは成長機会を獲得するためにリスクテークしていくことが、今後はより重要となります。

――アナリティクスの活用・浸透を図る組織を、デロイト トーマツ グループではどのように支援していますか。

神津 戦略の策定から、オペレーションへの実装、そして施策の実行と検証まで、クライアント企業自身がアナリティクスを活用しながら一連のサイクルを回していけるようトータルにご支援しています。

 その際のキーワードは三つあって、まず戦略策定では「Think Big」で大きく考えて、次に実際に試してみるフェーズでは、有望そうなユースケースをできるだけ多く集めて「Start Small」でどんどん試していきます。そして、効果が大きそうなものに絞り込んでいき、「Scale Fast」で素早くスケールさせていきます。

 日本でもデータドリブン経営に取り組む企業が増える中で、「Think Big」と「Start Small」は徐々に浸透しています。ただ、ビジネスに実装した上で素早く拡大していく「Scale Fast」のフェーズが難しいため、この部分に関するご支援がものすごく増えています。

「リスクマネジメント×アナリティクス」で不確実性を乗り越え、経営を高度化するデロイト トーマツ グループ
デロイトアナリティクス パートナー
神津友武氏
金融機関、商社やエネルギー会社を中心にデリバティブ・証券化商品の時価評価、定量的リスク分析、株式価値評価などの領域で、数理統計分析を用いた会計監査補助業務とコンサルティング業務に多数従事。 現在は金融、エネルギー、製造、小売、医薬、公共などの領域で、デロイト トーマツ グループが提供する監査およびコンサルティングサービスへのアナリティクス活用を推進するとともに、データ分析基礎技術開発を行う研究開発部門をリードしている。

 クラウド環境を構築して、分析ツールを組み込むといった基盤整備はもちろんご支援していますが、一番重要なのは人材の育成です。自社でアナリティクスを実装していくためには、そうしたスキルを持った人材が不可欠です。われわれは、デジタル人材の育成プログラムを開発し、2022年4月からサービス提供を開始しました。

 一般の事業会社の方はもちろん、自治体の職員の方なども対象としたプログラムとなっており、eラーニングやワークショップなどの形式で行われます。プログラムのレベルは4段階に分かれていて、一番上のリーダー層向け、分析を担うコア人材向け、それを支援するアシスタント向け、後は全社員が共通して持っていなければならない基礎レベルのプログラムがあります。

 受け入れ出向のような形で受講者の方に来ていただいて、われわれの業務の中で実際にアナリティクスを体験していただくプログラムも用意するなど、非常に実践的な講座になっているのが大きな特徴です。

――自治体などでもニーズが増えているということですか。

神津 政府がデジタル庁を発足させたことで、自治体でもデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みを本格化しようという機運が高まっています。デロイト トーマツでは、福岡市や前橋市に拠点を設け、地域課題の解決や新たな産業の創造、スマートシティー開発などを地元自治体と連携しながら推進しています。中でも、アナリティクスを含むDX人材の育成については、われわれに対する期待が非常に大きいと感じています。