江川 多様性を高めることは、その組織のパフォーマンスにポジティブな影響を及ぼします。イノベーションが生まれやすくなることも知られています。日本では公平性の観点で論じられがちですが、海外では、「ダイバーシティを促進すると業績が向上する」ととらえており、だからこそ経営者が真剣に取り組んでいるわけです。この点が決定的に違うと思います。また、多様性に乏しい組織は、合理性を欠いた結論を導き出しやすいグループシンク(集団思考)に陥る可能性があるとも考えられています。
成蹊学園 学園長
東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業。ハーバード・ビジネス・スクール修士課程修了(MBA)。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、博士(商学)。外資系投資銀行勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクール日本リサーチ・センター長、東京大学理事、一橋大学大学院教授などを歴任。2022年4月から成蹊学園学園長、および東京大学金融教育研究センター招聘研究員。現在、東京海上ホールディングス、三井物産の社外取締役も務めている。
私が身を置く教育の現場でも、海外との差は小さくありません。東京大学の理事だった頃もいまも変わらないのは、理系は女性が少ないのが当たり前という意識です。でも、ダイバーシティがイノベーションにつながるのは大学も同じです。たとえばマサチューセッツ工科大学(MIT)やチューリッヒ工科大学(ETH)などの理系で知られる大学では、学長が危機感を持ってダイバーシティに積極的に取り組んでいます。その結果、そうした大学でも学生や教員の女性比率が高まり、女性が学長を務めたりしています。
調べてみたところ、米国ではアイビーリーグ8大学のうち6大学で女性の学長が誕生しています。英オックスフォード大学でも現在の学長は女性であり、その次も女性の学長が決まっています。
岩井 私も支援先の方とお話しする中で、さまざまな企業がダイバーシティに取り組もうとする意識の高まりを強く感じます。ただ、トップはよく理解していても、実際に業務の現場をマネージするミドル層に本来の目的や意義が浸透しているかというと、まだまだという印象です。ミドル層の理解を深めることが、経営に資するダイバーシティ実現の重要なカギを握っていると感じます。
江川 ジェンダーにしても国籍にしても、ダイバーシティだけを追い求めるのではなく、インクルージョン(包摂性)が対になっていないと機能しません。たとえば人事部が多様な人材を採用して現場に投入すると、ジェネレーションやカルチャー、バックグラウンドが異なるため、コミュニケーションが難しくなり、効率が落ちます。しかし、それを乗り越えようとするからこそパフォーマンスが上がり、イノベーションが生まれるのです。
一方、多様性を受け入れる組織でないと、採用した人材が辞めてしまったり、同調圧力が強過ぎて多様性が失われたりして、多様な人材を取り込んだ意味がなくなってしまいます。
アビームコンサルティング
執行役員 プリンシパル CWO サステナビリティーユニット長 デジタルテクノロジービジネスユニット/ITMSセクター
食品会社の商社部門勤務を経て、2000年アビームコンサルティングに 入社。グローバル経営基盤導入プロジェクトを中心に実施。現在は、IT サービスマネジメント担当とともに、CWO(Chief Workstyle Innovation Officer)、サステナビリティーユニット長を務める。
岩井 私は、もともとIT領域のコンサルティングサービスに従事してきました。いまもそれは継続して取り組んでいるのですが、一方でアビームコンサルティング社内の取り組みとして、2016年ぐらいからワークライフバランスを中心に、ダイバーシティ・アンド・インクルージョンを考えるイニシアティブが立ち上がり、そこに関わることになりました。私自身子どもが2人おり、育児休暇を取ってその後復帰した経験もあり、今後さらにワークライフバランスの充実した会社にしたいという思いがありました。そこから、当社はより本質的な課題としてダイバーシティ・アンド・インクルージョンを位置付け、経営戦略として取り組むことになり、私はその推進の責任者をすることになりました。
その後、この取り組みをさらに発展させ、一人ひとりが自分のコンディションをしっかり整えて高いパフォーマンスを発揮し、お客様に対する提供価値を最大化していくために、「スマートワーク」「ダイバーシティ&インクルージョン」「ウェルビーイング」が欠かせないという考え方の下、この3要素で当社のワークスタイル変革を推進しています。私はその旗振り役であるCWO(Chief Workstyle Innovation Officer)を務めていますが、ここに含まれるダイバーシティとは、単に男女の比率を近づけて機会平等を図るというだけでなく、そこから生まれた多様性が新しい可能性やイノベーションの源泉になるという側面があることを、私も自分の立場からしっかり伝えていかなくてはならないと考えています。
女性の参画が広がると組織の多様性が高まる
江川 とても意義のある取り組みだと思います。今日のような対話の機会も含め、この10年で機運は確実に盛り上がりを見せていると感じます。女性の参画を広げると、その結果コミュニティが多様化し、組織全体により大きな利益をもたらすわけですが、実際の現場では苦悩もあるようです。私はよく「女性活躍の促進のために昇進させてもらったという目で見られて肩身が狭い」といった相談を受けます。そのような場合には、「あなたに能力があるからこそ昇進したのだし、組織の多様性が高まることで会社全体がそのメリットを享受できるのだから、自信を持ちなさい」とアドバイスをしています。そうした組織全体のパフォーマンスやイノベーションといった効果に対する認識が、もっと広く共有されるべきです。
ただ現状では、まだまだ女性は組織の中でマイノリティですから、せっかく昇進の機会があっても腰が引けてしまう。それを上司が「自分が太鼓判を押すから、自信を持ってやりなさい」と背中を押さなければいけません。あるいは社内スポンサーやメンターをつけるといったサポートを、組織の仕組みとして整備して、少数派であることのハンディキャップを補うことも欠かせません。
岩井 当社でも、マネジャークラスへの昇進を前にした女性は、しっかりと成果を出しているにもかかわらず、本人たちがためらってしまう傾向があります。そこで当社では、「スポンサーシップ」という取り組みを始めました。