瀬木 コストは、言わば当社がみずからに課した「環境ビジョン2050」目標達成という「宿題」をこなすための必要経費です。これに向こう10年間では1000億円をかけ、環境技術を開発・導入し、省エネやリサイクルの仕組みを構築します。この投資に数字で表れるリターンはありません。一方オポチュニティは、「お客様の元でどれくらい環境負荷を低減できるか」に挑むことで生まれます。当社で売れている製品や技術、すなわち当社の中核事業に対してこれを行います。従来お客様にご評価いただいている製品や技術ですから、そこに割ける費用は1000億円の比ではなく、軽く10倍以上にもなります。ただ、コストで投じた資金を含めて確実に回収する。これがオポチュニティです。

 コストとオポチュニティの両軸で投資を行いながらしっかりと利益を出し、成長サイクルを描く。これが当社の成長戦略です。

 これは「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)の中でも開示しており、他の企業からはオポチュニティがコストを上回る珍しい会社ですねと言われます。しかし、コスト以上にオポチュニティに着目すれば会社を伸ばしていけると確信しています。

今野 ESG経営とビジネス成長のバランスは大きなテーマであり、達成の難しさも多くの経営者が実感しているところでしょう。欧州でも日本でも、サステナビリティやサーキュラーエコノミーを成長戦略として位置付けることは、経済地域、企業、社会が共に成長機会を見つけるためだと言われていますが、特に日本において、実際はなかなかビジネスに落とし込めていません。

 理由の一つとして考えられるのは、やはり企業はいかにコストを絞り込みつつ対応するかという議論に終始してしまうからではないかと思います。もちろん重要な観点ではありますが、やはりリスクとオポチュニティの両方を同じ土俵に上げて、その結果として期待できる成果を明確に可視化して、トータルでどうなるのかを予測する。また、オポチュニティの具現化に向けて「共創」を発展の源泉として活かす。他の日系企業も、エプソンが実現したスキームを詳細に見極めていただきたいと思います。

グローバル展開のベースは企業文化を共有すること

今野 エプソンは1968年に海外生産拠点をシンガポールに設立されて以来、積極的にグローバル展開を進め、現在は北米やアジア、欧州など世界中にネットワークを展開しています。海外でのサステナビリティやサーキュラーエコノミーの取り組みについてご紹介ください。

瀬木 現在の当社グループの売上高の比率は、国内が2割で8割は海外です。8割の内訳は、北米と南米を合わせて30%、欧州とアフリカ、中東を合わせた欧州圏で21%、そして中国を含めたアジア・オセアニアが29%と、非常にバランスが取れていると思っています。2021年度の売上高は、日本を含め全体で1兆2300億円弱といったところです。

 グローバルでのサステナビリティやサーキュラーエコノミーも、基本は冒頭でお話しした私たちエプソンの文化をいかに共有してもらえるかにかかっていると考えています。そのために社長や各事業部長が、現地の、特にローカルの幹部を含めたメンバーを前に経営戦略や事業戦略を明確に伝え、徹底的に討論する活動を続けています。年2回開催する「方針大会」や各種国際会議に加え、日々のコミュニケーションで各国の経営陣や関係会社のメンバーにエプソンの現状や環境に対する考え方を伝えながら、キャッチボールをしています。

 そこで実現した施策の好例に、大容量インクタンク搭載インクジェットプリンターがあります。アジアのある拠点からインクジェットプリンターのユーザーが、大量印刷ができるようにインクタンクを外付けする改造を行い使用していると聞いた当時の社長(現取締役会長の碓井稔氏)が、そういったお客様ニーズがあるのならば、エプソン自ら大容量インクタンクを搭載したモデルを発売しようと考えました。しかし、当時の現地販売法人では、「インクカートリッジが売れなくなってしまう」と難色を示したのです。そこに対して社長が、「お客様がインク切れを心配せずローコストでプリントできて、環境にもよい商品をつくろう」と説得して実現にこぎ着けました。

 そうした「顧客のベネフィット」と「環境への貢献」の両立という考え方が理解され、実際に新型プリンターのシェアが伸びていくと、現地の人たちもだんだん「これはいいね」と変わっていく。そうやってみんなを巻き込んで、一緒に推進していったと聞いています。

今野 グローバル展開は、日本の企業にとって不変の課題です。いまのお話はESG経営の側面だけではなく、企業グループや関係会社を含めた意思決定においても、理想的なモデルだと感じます。特に欧州では、サステナビリティやサーキュラーエコノミーを企業戦略の中核に据えるだけでなく、組織体においても中核に存在すべきだという考えが中心的ですし、アジア各国でも意識の高まりを感じます。それを、今後はトップマネジメントの共通理解としてとらえ、各担当領域に反映させるべきだというわけですね。そうしたサステナビリティ先進国での議論を、エプソンではすでに実現している印象です。

 最後にエプソンとして、今回のテーマに関してどのように取り組みを進めていかれるのか、展望をお聞かせいただけますか。

瀬木 やはり端的に言えば、社会課題の解決に全社を挙げて取り組んでいく、ということに尽きます。そこにフォーカスしていけば、自社の中に新しい文化が生まれると考えています。当社の始まりは時計でした。これをイノベーションという視点で見れば、それまでは持ち運ぶことができなかった「時間」を持ち運べるテクノロジーです。同様にプリンターも、写真並みに高画質の「印刷」を個人が自宅でできる文化をつくり出しました。今度はサステナブルな技術や製品を生み出してお客様にお届けしたい。さらには製品だけに留まらず、たとえば産業構造の革新や、これまでも掲げてきたサーキュラーエコノミーの牽引において、新しい価値を生み出していきたいと思っています。

今野 私どももデジタルとサステナビリティは相性が良いと考えています。いまおっしゃった目標に向けた取り組みは、これまでは目に見えない部分も多かったものが、技術の進化や応用によって顕在化される時代になっているととらえています。サーキュラーエコノミーの牽引により生み出された価値が、具体的に目に見えるものになるようお手伝いをさせていただけたらと考えています。

●問い合わせ先

アビームコンサルティング株式会社

〒100-0005
東京都千代田区丸の内一丁目4番1号
丸の内永楽ビルディング
https://www.abeam.com/jp/ja