最先端AIの導入
驚異の検知率を達成したAI技術は、AI研究の第一人者・明治大学の高木友博教授との共同研究によって完成した。
高木友博教授
高木教授はまず、AIについてこう説明する。
「不正検知のためには、情報一つ一つの異常性は少なく、それらを関係付けて異常性を判断する必要があります。例えば次のようなことが挙げられます。
●引き出し金額だけを見るのではなく、いつ、どこで、普段とどれくらい違う金額を引き出したか、のような状況依存性。
●金額や時間、場所などの、いろいろな情報の相互依存性。
●それらが、どのように変化したかを、連続的に時間を追って見る(時系列性)。
これらに対応して微妙な判断を正しく行うには、最先端のディープラーニングのアーキテクチャーが必要であり、一般的な機械学習手法では対応できません。そのためにわれわれは、 金融不正検知に対応するための、新しいアーキテクチャーの研究開発もしています。
一方で、AIの訓練データとして使用する過去の取引実績には、不正の事例が極端に少ないという、超不均衡性の問題もあり、十分なデータがない場合は、先端的アーキテクチャーはその性能を発揮できません。そのため、データの量や性質などにより、定番の手法から、 最新の高度なアーキテクチャーまでの全ての可能性から、最良のアプローチを見いだす必要があります。われわれは、あらゆる手法とデータの組み合わせを試し、100のうち99を捨てて、最適なアーキテクチャーを形作っています」
しかし、同時に高木教授は、機械と人間の能力の違いをこう説明する。
「機械と人間を比べると、機械はデータで教えられたことであれば、どんなに大量であれ、多次元であれ、最適な答えを出します。人間はデータが2次元を超えると手に負えなくなります。実際に不正を検知するための情報は、数万次元に達し、これは人が見て判断できる次元数ではありません。その意味では、AIは人間をはるかに超えた能力を持つといってよいでしょう。
ただ機械は、与えられたデータ以外のことは全く知らず、常識を補完したり機転を利かしたりすることができません。十分なデータを与えて訓練すれば、その判別能力は人間よりもはるかに高いのですが、人間が全部“お膳立て”をしてあげないといけません。その役割分担ができていないと正しい答えを出せず、普段はATMから少額しか引き出さない人が大きな額を引き出しただけで異常と判断してしまいます」
では、“お膳立て”とは、どのようなことか。それは、犯罪者の犯罪パターンや犯罪者の癖を知った上で、「特徴量」と呼ばれるデータを準備することだ。高木教授によると、「それはAIシステム開発全体の8割ほども占める大変な作業」なのである。
このような共同研究の成果として、ラックは「AI ZeroFraud(ゼロフラウド)」を開発し、2022年2月から金融機関向けに提供を始めた。「『AI ZeroFraud』は金融機関で使われる中からフィードバックを受けることで、新しい手口にも対応できるようになります」(ザナシルマネジャー)。