DXを進めなければ、2025年以降、毎年最大12兆円もの経済損失が生じる──経済産業省がまとめた『DXレポート』は、日本の多くの経営者を驚かせた。製造業も他人事ではない。少子高齢化・労働人口の減少に伴う人材難などを見ても、製造業DXは喫緊の課題である。アクセンチュアは、そんな製造業DXを牽引するキーワードとして「デジタルツイン・エンタープライズ」を挙げる。デジタルツインの全体像や導入の課題について、アクセンチュア インダストリーX本部で「エンジニアリング&マニュファクチャリング(設計&製造)」日本統括/マネジング・ディレクターを務める河野真一郎氏が、ダイヤモンドクォータリー創刊6周年記念フォーラムに登壇し、明快に語った。

過去60年の日本と
製造業DXの必要性

アクセンチュア インダストリーX本部 エンジニアリング&マニュファクチャリング日本統括
河野真一郎
SHINICHIRO KOHNO
1993年アクセンチュア入社。自動車業界を中心に、製造業向けのコンサルティングに長年従事。2022年より製造業のデジタル変革を推進・支援するインダストリーX本部 エンジニアリング&マニュファクチャリング 日本統括を務める。

 製造業の未来を考えるうえで、まずは経済指標から「日本の60年」を振り返ってみたいと思います。

 60年前といまを比較すると、日本の人口は34%も増えています。消費者物価は2・8倍、企業物価は2・4倍。さらにGDPは41倍と大きな伸びを示し、平均年収は16倍、世帯当たり貯蓄に至っては62倍です。

 こうして数字だけを追いかけてみると、日本経済は非常に大きな成長を遂げているかのように感じます。しかし、現実には1990年代前半のバブル崩壊期以降、貯蓄以外すべての要素は頭打ちになり、そこから30年の間、ほぼ成長が止まったような状態が続きます。これが「失われた30年」です。

 国内製造業の現状に目を向けると、問題はいっそう深刻です。優れた製造技術によって信頼性の高い製品を長年生み出し続け、日本経済を牽引してきた製造業ですが、GDPに占める割合は26・5%(1989年)から18・7%(2018年)にまで低下しました。

 量的側面(人口、有効求人倍率、入職割合、将来の職業別需給ギャップ等)、質的側面(労働生産性、デジタル競争力、技術伝承難)、そしてコスト的側面(人件費)のいずれを取っても、日本の製造業は危機的状況にあります。

 いま期待されるのが、デジタルの力をうまく活用しながらこれまでの戦い方を変化させていく抜本改革としての「製造業のDX」です。

 DX提唱者、エリック・ストルターマン教授の定義によれば、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でよりよい方向に変化させる」とされ、そのための行いが「DX」ということになります。

 そのDXで極めて重要な技術と考えられているのが、「リアルとバーチャルの融合」と「コネクテッド化」ですが、これらをテクノロジーに置き換えると、「デジタルツイン」と「IoT」だといえます。

 つまり製造業のDXを考える際には、デジタルツインやIoTといった技術に、ビッグデータとAIをかけ合わせることが重要です。それにより、ビジネスの可能性が広がっていくと考えることができます。

 日本では経済産業省『DXレポート』の発表以降、DXという言葉が広く認知されました。同レポートでは、「既存システムが抱える課題の放置により、2025年以降の5年間で、年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性」を「2025年の崖」と表現して警鐘を鳴らし、それによって製造業を含む多くの経営者が、DX推進に対する差し迫った危機意識を持ったのは事実であり、それは大きな成果だといえます。

 しかし、現実として製造業のDXは進んでいるといえるでしょうか。DXという言葉の認知こそ広がったものの、どんな意味を持っているのか答えは経営者によってまちまちであり、意識が広く共有できているわけではない、というのが実状だと感じています。