「社長を目指しているわけではなかった」のに方向転換した理由

 柔らかい雰囲気を漂わせる池田社長、入社時には社長を目指していたわけではないという。

「メルクバイオファーマに入社後、不妊/内分泌領域事業部長として配属されました。当初は売り上げの改善を期待されていたので、組織や戦略を練り直し、実行を徹底することで業績を改善させました。ただ、チーム内のエンゲージメントスコア(社員の企業への愛着心や信頼関係を数値化したスコア)は低迷したままで、かなり悩みました」と池田社長は語る。

 その後、試行錯誤しながら「患者さんのために一丸となって、命の創造、QOL(生活の質)の向上、命をつなぐサポートをする」というメルク・パーパスを伝え続けるとともに、チームメンバーの一人一人と対話をして希望を聞き、その意見を反映したアクションプランを立ち上げて活動を続けた結果、エンゲージメントスコアが急上昇し、過去最高値になる。

「それが本当にうれしくて。その時点から組織改革や会社運営に興味を持つようになり、『社長になろう』という自分の中での決意につながりました」(池田社長)

キャリアを応援する「ディベロップメントプラン」を活用

 池田社長が、社長を目指す上で役立ったのが、メルクにある「ディベロップメントプラン」という人事ツールだ。これは自己紹介、職歴、目標などをまとめて、周囲に告知し、アドバイスを求めるもの。自身のキャリアプランを周囲に広く知ってもらうきっかけにもなる。

「アドバイスを求められて嫌がる人は、実はほとんどいません。私はそのプランを1枚の紙にまとめて、本社や所属の違う同僚と1on1ミーティングを行う際には名刺代わりにそれを提示しながら、自己紹介がてら自分の経歴や今後の目標などの話をさせてもらっていました。所属や年齢を問わずさまざまな同僚から気軽に意見をもらったりできるのが、非常に役立ちました。キャリアプランのツールとして、このような制度を導入している会社は多いと思うのですが、なかなか活用するところまでいっていないのではないでしょうか。全ての社員が発信するツールとして生かすべきだと思っています」と池田社長は語る。

 自分のキャリアプランを発信しながら、池田社長は、会社からの期待と自分の希望との折り合いをつける方法も周囲から教えてもらったという。

「自分の目標や理想の働き方を考えたときに『自分が会社により良く貢献するためには、こういうサポートがあればありがたい』と表現することを外国人女性の同僚から教わりました。メンター(良き相談者)や先輩社員に、そのようなディベロップメントプランの書き方やプレゼンの仕方を指導してもらい、自分のキャリアの希望を会社に伝えてきました。会社の期待と自分の希望を擦り合わせていく感じです。全ては通らなくても、一つか二つは認められることがある。それは決してわがままなことではなく、建設的な提案と捉えていいのだと学びました」(池田社長)

 また自分のキャリアの理想として発信する内容は、必ずしも上昇志向だけではない。分野を広げずにスペシャリストのままで活躍したい、今はプライベートを重視する時期なので昇進は望まず現状の役割を続けたい、家庭の事情で異動するならアジア地域内で働きたいという希望でも良いという。

 前進したい人も、現状維持でいたい人も同様に希望を出し、周知させることで自身のキャリアのイメージと会社の期待との乖離が少なくなる。メルクのディベロップメントプランには、全社員がさまざまな働き方を考えることのできる柔軟性の高さがある。

多様な人材を成長させるために、リーダーができる最初の一歩メルク・ベトナム 池田秀子 社長
大学卒業後、NTTでの法人営業・経営企画、ロンドンビジネススクールMBA修了後、ジョンソン・エンド・ジョンソンの日本を含むアジア地域、米国でマーケティングに従事。2016年にメルクバイオファーマに入社し、執行役員・事業部長に就任。20年より現職。

キャリアプランを気軽に発信できるような企業風土をつくる

 池田社長自身のキャリア形成に役立ったこのディベロップメントプランだが、メルク・ベトナムの社長になった現在では、部下の社員たちにもキャリアの希望を出すように伝えている。

「私はみんなに長く会社にいてほしいし、望むキャリアをかなえてほしいと思っています。キャリアプランをオープンにし、自分の目標や要求を周りに伝えるようにしておくと、重要なポジションに空きができたときに、上司もその人を推薦しやすい。今より高めのポジションだったり、専門違いであったりしても周りがサポートしてくれるのは、みんながお互いのキャリアプランを知っているからです。

 そして、そういう実例がつくられると、『自分も頑張れば、希望のキャリアが実現できる』と思ってもらえるので、社員のやる気を引き出すことができるし、社員の定着につながる。人を探したり採用したりするには時間もお金もかかります。自社の社員が育ってくれれば、その分、自社の社員のために投資できます」(池田社長)

 メルクでは、他にも社員が定着し働き続けるための施策がある。その一つが「Women In Leadership(WIL)」というプログラムだ。Womenと付いてはいるが、男性を含めたさまざまなジェンダーや年齢、文化圏の社員が活躍しやすい場をつくる取り組みである。

 同プログラムの中にある自身の経験や苦労した点を語り合うワークショップでは、シニアやマネージャーだけではなく若手やスペシャリストもパネリストになる。池田社長自身「女性GMとしてのキャリア」をテーマに登壇もしたが、アジア圏から欧州へ転勤した若手社員の課題のシェアが興味深かったという。「現地での自分の強みの出し方といったビジネス面はもちろん、生活面での保育園探しの話など、いろいろな話が聞けて大いに刺激を受けました」(池田社長)。

 また「メンターマッチング」もユニークな制度だ。メンターを求める社員は「こういう助言ができる人にメンターになってほしい」とリクエストを出しておくことができ、それに応えられるメンターがいればマッチングが成立する。

「私も今、マッチングによってインドネシアとマレーシアの社員のメンターになっています。そして私自身も、自分のキャリアの応援をしてくれそうなメンターを求めているところです。『こういう人を紹介してください』と希望を出しておくのです。会社からは常にこのような意思表示をすることが求められていますし、そうすることで、チャンスをもらうこともできます。私自身もさまざまなタレント人材を見つけやすいですし、メンターという立場であっても学びを得られると感じています」と池田社長は語る。