「業務プロセスにおいて、効率的で無駄のない仕組みを作り上げ、高い品質を組織一丸となって実現する力は依然として高いです。しかし、従来はビジネスの経済性を第一として効率的なサプライチェーンマネジメントをすればよかったわけですが、今はポリティカルリスクを考慮し、むしろ予備を準備しておくリダンダントな(冗長性のある)サプライチェーンを構築しなくてはなりません。ウクライナや中東の問題など、大きな変化が起きたら機敏に変わらなくてはならない。そうしたアジャイルな対応力は、業務プロセス改善能力とは全く別次元のものです」(一條氏)
一條和生氏
プロフィール:一橋大学社会学部卒業、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。ミシガン大学経営大学院でPh.D.(経営学)を取得。2003年に経営者教育で知られるスイスのビジネススクールIMDで日本人初の教授に就任。一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授・専攻長を経て現職。専門領域はリーダーシップ、企業変革、組織学習。シマノ、電通国際情報サービス(24年1月より電通総研)、ぴあの社外取締役も務める。
“アジャイル”と聞くとまずシステム開発をイメージする方も少なくないかもしれないが、一條氏の指摘する「アジャイルな対応力」は、ビジネス全般における俊敏性を示している。多数の企業を見てきているScaled Agile-Japanの代表執行役である古場達朗氏も、「予測不可能な変化が常態化してきたため、事業戦略や組織運営において俊敏な対応が業種を問わず求められるようになってきました」と話す。
求められているのは「これまでの常識」を打ち破ること
では、そうしたアジャイルな対応力を磨くにはどうすればいいのか。高い競争力を持つ海外の経営者はどうしているのだろうか。一條氏は、IMDで行われている経営者教育を引き合いに出して、次のように説明する。
「22年くらいからIMDでは、『いかに生成AIを活用して組織の意思決定力を高めるか』が経営幹部教育の大きなテーマとなっています。優秀なデータサイエンティストを採用すればいいと考えがちですし、それも重要な一手です。しかし、経営者自身の問題意識が高まっていなければ組織全体の方向転換がなかなかできず、専門人材の採用だけでは意味がありません。さらに言えば、経営者自身がどんどんグローバルな場に出ていって、深いディスカッションを繰り返さないと、いつまでたっても自社のコモンセンス(常識)を変えられません。そのコモンセンスに従っているうちはイノベーションを起こせませんから、それを破壊し、自らの力で機敏に判断できるケイパビリティを伸ばすことが求められています」
もちろん、経営者やリーダー層の中には、そうした危機感を持ち自らのコモンセンスを破壊しようと努めている人も多いだろう。しかし、企業はリーダー層だけでは成り立たない。組織全体のアジャイルな対応力を高める必要があるのだが、その難易度は高まっている。
「リーダーシップの本質は、在りたい姿を示し、そこへの変革に向けて組織を動かすところにあります。しかし、メンバーの多様性が高まっている今、それは決して簡単ではなくなってきました」(一條氏)
世代的な分断もあれば、デジタルリテラシーにも差がある。直近では、生成AIの受け止め方も多様だろう。古場氏も、次のように話す。
「経営者が描く姿と、現場での動きに整合性が取れていない様子は、多くの企業で散見されます。しかし、ビジネス環境が常に激しい変化にさらされている今、整合性を取るためのプロセスを一つ一つ定義していては間に合いません」
代表執行役
古場達朗氏
逆に言えば、階層を問わず意思決定ができる組織が求められているということだ。一條氏は、ミドル層のアジャイルな対応力を高める環境整備にも経営トップは留意すべきだとも指摘する。
「日本企業がグローバルで存在感を発揮していた頃は、トップの思いを理解して現場に伝え、動かすミドル層がチェンジ・エージェント(変革の仕掛け人)として機能していました。ところが最近は、『マネージャーになりたくない』と明言する若手社員が増えるなど、ミドル層が機能しなくなっています。この埋もれつつある強みを復活させることも、組織全体のアジャイルな対応力を磨くことにつながるのではないでしょうか」(一條氏)
日本再興の鍵“アジャイル経営”を実現する「SAFe」
Scaled Agile-Japanのストラテジックアドバイザーである中谷浩晃氏は、たとえ人数は少なくとも自ら手を挙げ強い思いを持つ人をチェンジ・エージェントとして、変革を推進していくことが重要だと話す。
「欧米と比べ、日本企業はミドル層に厚みがあります。その厚みが障壁となっている場合も残念ながら多いですが、その中には『変わらなければならない』『組織変革に携わりたい』といった強い思いを持つビジネスパーソンが必ずいます。どんな変革でも、いきなり大きく展開するよりも、小さな成功を徐々に広げ、組織全体に広げていくことが大切です」(中谷氏)