EX自体の認知度は高まっているが……
まず、「EX(従業員エクスペリエンス)」という言葉。ビジネスパーソンならば、「聞いたことがある」という人は多いだろう。
実際、PwCが日本企業(142社)を対象に実施した調査(2022〜23年)によると、EXという言葉の認知度は18年調査の48%から76%に増加している。また、大企業(従業員5000人以上)の55%が「EXの向上は経営課題」と回答し、このうち30%の企業がEX向上のための施策を検討・実施している。こうしたことから、日本でもEX向上は「認知」から「施策実施・効果創出」のステージに移行しつつあるといえるだろう。
しかし、多くの企業では「何かしらのデジタルツールを部門ごとに入れるなどにとどまっている」(荒井上席執行役員)のが実情だ。
しかも、その多くについて、大野ディレクターは「現在のEXへの取り組みは、人材育成に関するものは人事部が担当するなど、部門ごとの取り組みに分断・限定されてしまっています。全社的・横断的な視点での体系的な取り組みはほとんど見られません」と指摘する。
パートナー、上席執行役員
荒井 慎吾 氏
それでは、全社的・横断的な視点で、体系的にEXの向上を目指すにはどうすべきか。ここで、企業側が大きく意識すべき点は三つに整理できるという。
テクロノジー&デジタル コンサルティング事業部
ディレクター
大野 元嗣 氏
大前提となる一つ目は、EX向上は「会社の目線」ではなく、あくまでも「社員の目線」で考える点だ。
コロナ禍において、多くの企業はリモートワークの採用を余儀なくされ、オンライン会議や就業管理などのデジタルツールを導入した。これらの導入に至った発想は「いかに最適に社員個人を管理し、生産性を高めるか」という視点であった。
荒井上席執行役員は「管理や生産性だけを目的にしてしまうと『人がいる価値』がそがれてしまいます。単に管理や生産性という視点ではなく、いかにして社員にポジティブでモチベーションを高く保って働いてもらうか、という視点も重要になります。また、現在のビジネス環境では生産性よりも創造性、個人技よりもチームワークを重視した取り組みが大切です」と指摘する。
例えば、ある従業員のリモートワークでの深夜残業が多い場合、働き方や時間の使い方などの状況(データ)をウェルビーイングの観点から見て、チームや組織として対策(打ち手)を考えるなどといった視点が重要であり、「EXを最大化するには、制度設計やカルチャーも変える。組織横断的に変革するという意識が必要」(荒井上席執行役員)であるという。
ここで重要なのは、何かしらの「打ち手」を考えるには、データの見える化(可視化)と定量化が不可欠という点だ。
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そこで、同社では「社員の目線」に立ち、EXを(1)リクルーティング&オンボーディング、(2)キャリア&スキルデベロップメント、(3)リワードリコグニション、(4)ネットワーキング、(5)ワークスタイルオプション、(6)ライフサポートの六つの領域に整理(図参照)。この六つの視点から分析してデータを可視化・定量化して「EXの成熟度」を測定するサービスを提供している。
最初にゴールを設定し、次に対象となる社員を決める
二つ目に、EXの向上で重要なのが、ゴールである理想像(なりたい姿)の他、対象とする社員像(ペルソナ)を決めるという点だ。
ゴールを決めるのは当然だが、対象であるペルソナはなぜ必要なのか。実際、多くの日本企業は、EX向上を掲げると、全社員を対象に行おうとする傾向がある。無論、対象以外の社員をおろそかにするというわけではないが、「ペルソナを決めずに全社一律的に行うと、多様な価値観を持つ社員を画一的な像に押し込めることになり、逆にEXを下げることにもなりかねない」(大野ディレクター)という。
そして、三つ目は、EXの向上とは一時的な施策ではなく、継続的に行うべきものであるという点だ。
荒井上席執行役員は「そもそも『体験の価値』というものは、絶対評価ではなく、相対評価で決まるものです。つまり、自分の過去や周囲の環境、他社の状況などと比較して良いのか悪いのかが決まる。つまり、社員のニーズや社員から見た『企業の魅力』は変化していくため、継続的なアップデートが必要なのです」と力説する。
具体的な進め方は、社員の目線でEX向上による理想像のゴールを決める。次に、対象とするキャリア志向や働き方の特徴などを詳しく書き起こしてペルソナを設定する。それを、社員目線からジャーニーマップとして体験を整理し、タッチポイント(採用・日常業務・キャリア支援など)におけるゲインポイント(満足する体験)やペインポイント(不満足な体験)を特定していく。これにより、社員の価値観の多様化を踏まえた施策の立案・実行が可能になるわけだ。