SXで重点を置くべきは
「トランスフォーメーション」

 経営者がSXを実践するために重視しなければいけない点は何でしょうか。

土屋:私たちKPMGでは、SXの「X」(トランスフォーメーション)を注視しています。つまり、SXを通じてビジネスモデルを根本的に変えていくこと、そのために、事業ポートフォリオを組み替えていくことに重きを置いています。

 事業ポートフォリオの組み替えとは、端的に言うと、経営資源を適切に配分することです。新規の投資においては、自分たちの強みに経営資源をフォーカスしないと競合に勝てません。ところが日本のM&Aは、事業を買収するばかりでほとんど売却することがありません。なかには利益を生んでいないビジネスもあるはずなのに、何となく事業を継続し、ヒトもカネも無駄にしてしまっていることもあります。

 日本企業は自前主義で、すべて自分たちで持とうとするし、すべて自分たちで変えようとします。しかし、自分たちでリターンが見込めないのであればベストオーナーに譲る、つまり売却も考えないといけません。自分たちがその事業を持っていたままリターンを上げ、再投資してビジネスを拡大できるのか。事業を切り捨てるのではなく、ベストオーナーにたすきを渡すべきなのです。

 自分たちがどの事業で稼ぎ、社会課題を解決するかを念頭に戦略を立て、そのために事業ポートフォリオを組み替えるという強い意思決定をしていかなければ、SXなどとうてい実現できません。

 経営資源を適切に配分する意思決定をする際に、経営者はどのような視点を持つべきでしょうか。

土屋①資本コストを上回るリターンがあるか、②成長性を担保できるか、③社会と自社のサステナビリティに資するか──経営者は常にこの3つの問いを立て、その解を組み合わせてビジネスを評価し、事業ポートフォリオに組み替えるべきかどうかを決めることが肝要です。

 自分たちが儲かることを最優先に考える近視眼的な発想では、そのビジネスが持続的に成長するのは難しいでしょう。自社の利益と社会のサステナビリティは別問題としてとらえるのではなく、両立することが求められます。たとえば、大きな設備が必要なビジネスであれば、製造過程で温室効果ガス(GHG)を排出するので、GHG排出量を適切に管理し削減できるかが重要ですし、自社だけでなく、サプライヤーなどバリューチェーン全体を俯瞰して事業ポートフォリオを評価する必要もあります。

 事業ポートフォリオの組み替えで決め手になるものは何でしょうか。

社会課題起点の成長戦略、SXで「令和維新」を目指せKPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン/ あずさ監査法人 サステナブルバリュー統轄事業部/ サステナビリティ・トランスフォーメーション アソシエイト・ディレクター
安東容載
YOSHINORI ANDO
外資系コンサルティング会社を経て、2015年より日本の大手コンサルティング会社でグループ経営管理領域のプロジェクトや経営管理DXに従事。2023年よりKPMG/あずさ監査法人にて、SXに関する実装を支援している。

安東:事業ポートフォリオを評価していくためには、正確なデータの収集が不可欠です。そして、事業ごと、かつグローバル地域ごとに情報を吸い上げ、管理できる体制が重要なのです。ところが、個々の事業体の情報がそれぞれの部門に留まり、情報がサイロ化している企業が多いのが現状です。その原因は、組織とシステムに壁があるからです。自分たちが集めた情報は自分たちだけで利用し、他部署には共有したくない。たとえば事業部が本社の経営企画部門や経理部門に情報を渡す時に、「情報が一人歩きすると困るので、こういう使い方をしてください」とただし書きをつけて渡すことがあります。しかしデータは本来、企業全体の資産であって、経営者がいつでもアクセスして経営判断に使えるようにすべきです。

 ESGに関しては、欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)など、グローバルで開示制度の基準整備が進んでおり、企業のサステナビリティ開示が求められています。企業はこのサステナビリティ開示に対し、受動的な対応に留まるのではなく、開示対応を通して整備される質の高いESGデータを企業内部でも経営管理に活用できるようになる一石二鳥のチャンスととらえ、積極的に取り組むべきです。そしてこれらのESGデータを、サステナビリティが組み込まれた企業のパーパスや中長期のありたい姿を実現するために事業戦略や実行計画における定量的なKPIとして落とし込み、PDCAを回す中で、事業ポートフォリオ管理の意思決定を迅速に行っていくことが重要なのです。

 DXが成功している企業では、経営者の強いリーダーシップの下、DXを推進する部署が〝データの民主化〟を目指して、経理部門や人事部門などの情報を一元化する全体最適化に向けた取り組みをし、データを起点に組織の壁を崩しています。DXを盛り上げることによって、財務情報だけでなく、サステナビリティ情報も含めた見える化を実現していくことが可能です。また、フォーマットを統一するなど誰が見ても同じ解釈ができるデータ基準をつくり、それを社内ルール化していく業務標準化の取り組みも、地味な作業ですが非常に大切です。

土屋:日本は従来から事業部門の力が強すぎることもあり、トップダウンが難しい企業風土を持っている企業が多くあります。しかし、SXを実践するために、トップは資本効率やサステナビリティへの貢献度などのさまざまなデータを見て判断する経営管理体制を築くことが求められます。データを集めて、それを本来あるべき機能・能力を備えたCFOが分析し、執行側が事業ポートフォリオの組み替えの判断に使い、社外取締役がその一連の判断プロセスに妥当性があるかを監督する。この一連の流れが定着しなければ、企業価値は上がりません。

 課題は、日本のCFOは経理部長の延長線であることが多く、本来の役割を果たしていないという指摘が投資家から少なからずあること。CFO出身の社外取締役が少ないことも問題だと思っています。