[第2部]イノベーションの源となり得る数々の研究成果

 パネルディスカッション第2部に参加したのは、主に大学や研究機関を対象とした市村学術賞の受賞者。本賞は「量子アニーリングの創出と展開」に取り組んだ東京工業大学の西森秀稔氏に授与された。西森氏は量子アニーリング技術についてこう説明する。

技術と学術の新たな知見がイノベーションを生み、未来への扉を開く東京工業大学
科学技術創成研究院
特任教授
西森秀稔氏

「量子アニーリングによって、多くの選択肢の中から何らかの基準によって適切なものを選ぶことができます。ベストではないかもしれませんが、ベターな解を得ることができるのです。量子力学のミクロな世界では、一つの電子が二つの箱に同時に入るといった不思議な現象が起こります。このような性質を利用する量子アニーリングは、量子コンピューティングの方式の一つです」

 西森氏が世界で初めて量子アニーリングを提案したのは98年。「世の中の役に立つなどとは少しも考えず発表しました」と振り返るが、その後、カナダのスタートアップがこの方式に基づく量子コンピューターを開発して世界から注目された。

 市村学術賞功績賞受賞者の一人は東北大学の林雄二郎氏である。受賞テーマは「実用的有機触媒の開発と環境調和型合成プロセスの開発」である。

技術と学術の新たな知見がイノベーションを生み、未来への扉を開く東北大学
大学院理学研究科
教授
林 雄二郎氏

「Aという物質にBを混ぜてCを作るとき、より穏やかな条件でその反応を助けるのが触媒の役割です。酵素や金属の触媒はよく知られていますが、私が興味を持ったのは有機触媒です。有機化合物の合成における課題は、『右手』と『左手』の作り分けでした。同じ物質なのに、右手型と左手型の2種類がある。しかし、人間にとって有用なのはどちらか一方である場合が多く、もう一方の型は有害なこともあります。特に薬品では、有用な型だけを生成することが重要です」と林氏。新たに見いだされた触媒は、林-ヨルゲンセン触媒と呼ばれている。

 大阪大学の石黒浩氏は「アバターの研究開発とその応用」というテーマで功績賞を受賞した。

技術と学術の新たな知見がイノベーションを生み、未来への扉を開く大阪大学
大学院基礎工学研究科
教授
石黒 浩氏

「人間型のロボットを鏡のように使って、人間の認知機能などを調べることができます。いわば、問題発見型の研究です。私が人間と関わるロボットの研究を始めたのは2000年ごろ。アニメなどでは人を助けるロボットがよく登場しますが、このような分野の研究はほとんどありませんでした。今、私の研究室には哲学や心理学などの専門家もいます。ロボットを使って認知科学や社会心理などを研究する時代、文・理の境界はなくなりつつあります」

 近年、生成AIが急速な発展を見せており、人間と向き合うロボットの対話能力も高まっている。石黒氏の研究も大きく進展することだろう。

 九州大学の安達千波矢氏も功績賞を受賞した。テーマは「高効率熱活性化遅延蛍光分子の創製とOLEDへの展開」である。OLEDは有機材料を用いた光るダイオードで、産業的な可能性は大きい。

技術と学術の新たな知見がイノベーションを生み、未来への扉を開く九州大学
最先端有機光エレクトロニクス研究センター
教授
安達千波矢氏

「理学部で学んだとき、電気の流れる有機物質があることを知り興味を持ちました。そこで、大学院では応用化学を専攻しました。物理と化学のバックグラウンドは、後の研究に生かされています。研究を始めた当初は、ほとんど光らず苦労しました。わずかに光って喜ぶこともありましたが、不安の方が大きい。支えになったのは量子力学の理論です。理論的に絶対できると信じて研究を続けたことが、成果につながりました」

 第1部と第2部にモデレーターとして参加した竹内氏は、8人の受賞者の研究開発テーマやエピソードに耳を傾けつつ心を揺さぶられたようだ。

「科学者や研究者の夢に触れてワクワクします。私がサイエンスライターという仕事を続けてきた理由は、そんな喜びや楽しさを経験できるからです。今日は、企業や大学で自分のテーマを追い掛けてきた方々の話が聞けて光栄でした」と竹内氏は締めくくった。

 パネルディスカッションの後、会場では懇親会が開催された。現在、来年度の市村賞各賞について募集が行われている(市村地球環境学術賞の募集期間は終了)。市村賞は自薦で応募できるのが大きな特徴なので、詳細はぜひ同財団のホームページを参照してみてほしい。

技術と学術の新たな知見がイノベーションを生み、未来への扉を開く
●問い合わせ先
公益財団法人市村清新技術財団
〒143-0021 東京都大田区北馬込1-26-10
TEL:03-3775-2021(代表)
https://www.sgkz.or.jp/