語られなかった「負担」の問題
社会保障政策、財源で深入り避ける
自民党総裁選挙ではさまざまな論点から政策論争が行われたが、財政や税制、さらには国民負担については、ほとんど議論されなかった。とりわけ国民負担につながる社会保障、わけても年金問題の将来や、格差問題への対応はほとんど話題にすら上ることがなかった。
その理由は、医療や介護、年金の問題、少子化対策を突っ込んで議論していくと、かならず財源問題にぶち当たるからだろう。各候補者とも、国民負担につながりかねない社会保障の個別政策への深入りを避けたということだ。
しかし、少子高齢化が想定を超えて進む状況で、一国のリーダーが「受益と負担」をどう考えているのかを知ることは極めて重要だ。「受益」だけを語り、「負担」は語らない政治家は信頼できないからだ。
実際、防衛増税を決めた党の最高幹部が「成長戦略による税収増で増税ゼロ」と、閣議決定までされた方針を翻したことは、政治家としての資質に大きな疑問を投げかけた。
確かに昨年度の税収は史上最高となった。主因は円安による輸入コストプッシュインフレで、生活防衛的な賃上げも加わり税収を押し上げた。しかし今後、金利が上がれば国の利払い費も増えるし、物価が上がれば社会保障費も公共事業費も増える。一方で、税収が継続的に増えるという確証はない。
進むか、「応能負担」の具体化
保険料算定で金融所得勘案
一方、総裁選で国民負担について注目すべき点もあった。石破氏を含め多くの候補者が、社会保障負担を年齢や所得だけでなく経済力に応じて、つまり資産や資産性所得も勘案する「応能負担」について言及したことだ。
昨年暮れに閣議決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」は、2028年度までに、実施について検討する取り組みを列挙している。その中で、医療・介護制度等の改革について「能力に応じた全世代の支え合い」として二つのことが掲げられた。
一つは医療・介護保険の保険料算出の基準になる所得に金融資産からの所得(金融所得)を勘案すること、もう一つは、医療・介護保険の保険料に金融資産等の保有状況を反映することだ。これらについて27年度までに結論を出すとしている。
社会保障の負担について、所得に加え資産を含めることの必要性については、幾度も議論されてきた。勤労者や子ども世代により大きな負担をさせることを避けるため、負担の余裕のある者に多少の負担増を求めることは、多くの人には異論はないだろう。
これまで進まなかった理由の一つは、資産を把握するには、預金口座へのマイナンバー付番が必要となることだ。具体化を進めるためには早急にこの点の議論を始める必要がある。
年金の問題でも負担の問題は残っている。
今年7月に、5年に一度の公的年金の財政検証の結果が示され、基礎年金の問題が明らかになった。もっとも可能性の高い「過去30年投影ケース」では、モデル年金の所得代替率(現役男性の平均手取り賃金に対する比率)が2057年度には50.4%と、50%は維持するものの現在より2割ほど減少する。
基礎年金だけを見ると3割近く減り、物価上昇率で割り戻した実質年金額は2割の低下となっている。これでは、基礎年金だけを受給する自営業者や多くの非正規雇用者の生活の貧困化が進み、生活保護になだれ込む懸念がある。
対策の一つとして、基礎年金の拠出期間の40年から45年への延長案が示されたが、「増税メガネ」を気にする岸田政権は改正に向けての議論の見送りを指示した。
基礎年金の半分は国費で賄われているので、その充実には財源が必要となる。
財政検証ではこの金額について、2050年度に1.8兆円の国費が必要と試算している。
誰がどのように税負担をするのか、改めて議論が必要だ。
先の話と思われるかもしれないが、小泉政権時代に基礎年金の財源充実が問題になり、04年の年金改革(基礎年金の国庫負担割合の3分の1から2分の1への引き上げ)が行われたが、その財源である消費税が3党合意を経て8%に引き上げられたのは14年で、その間10年を要している。議論は早すぎることはない。
金融所得課税の強化は
「貯蓄から投資」を阻害しない
もう一つの焦点は、金融所得への課税強化だ。石破氏は総裁選でも金融所得課税の強化を主張した。これに対して、他の多くの候補者やメディアの中にも「金融所得課税の強化しても、貯蓄から投資へという政策の流れを阻害する」とネガティブな反応をするところがあった。
しかし「金融所得課税の強化」と「貯蓄から投資への流れの促進」は別個の政策で、決して矛盾するものではない。金融所得課税の見直し論は、申告所得1億円をピークに実効税率が低下していく「1億円の壁」への対応で、課税の公平性を求める議論だ。
金融所得が、所得が増えるほど課税が大きい累進構造を持つ勤労所得から分離されて、15%(地方税込みで20%)の一律課税となった最大の理由は、金融のグローバル化の下で高い税率を適用すると海外に資金が逃避する恐れがあったことだ。
しかし現在は、マイナンバーが導入され、先進諸国やタックスヘイブンとの情報交換も進み、金融所得が海外に逃避する可能性は大幅に低下している。たとえ逃避しても、各国の税務当局間の情報交換で一定程度は把握できるようになっている。海外への資金逃避の問題への対応はかなり改善されてきている。
加えて金融所得の格差は進んでいる中、米国や英国、ドイツなどと比べて、日本の「高所得者の金融所得税負担」は低すぎるという問題がある。また金融所得課税の強化は、「貯蓄から投資へ」という政策とは矛盾しない。
課税強化の対象になる申告所得が1億円を超える納税者の数は1.9万人に過ぎない。一方で今年から始まったNISAの拡充で、NISA口座数は約2322万件(2024年3月末時点)だ。現行のNISA制度を維持する限り、一般投資家への影響は皆無と言っていいだろう。
また、日本の株式投資の3割超を占め株価形成に大きな影響を与える外国人株主は、彼らの居住地で課税されるので日本が金融所得税制を見直しても影響はない。つまり影響を受けるのは国内のごく少数の富裕層であり、彼らへの負担増が株式相場に大きな影響を及ぼすとは考えられない。
防衛増税先送り論、また浮上
自然増収と国債依存は邪道
石破氏が熱心に取り組んできた防衛力強化についても、財源としての増税(防衛増税)をどうするのか、決断を急ぐ必要がある。
2022年末に、23~27年度の防衛費を43兆円と定め、必要な追加財源を14.6兆円と見込み、(1)税外収入で4.6兆~5兆円強(2)決算剰余金で3.5兆円程度、(3)歳出改革で3兆円強、残りを(4)所得税や法人税、たばこ税の引き上げで賄う(単年度で1兆円程度、以下、防衛増税)―ことが決定された。
だが、23年末の自民党税制調査会では増税の開始時期が決まらず、25年度の増税は見送られた。26年度の財源についても、税収の好調が続くことから剰余金を活用することで増税先送り論が自民党で浮上している。これは今年の年末には決める必要がある。
また26年度はしのげても、最終年度である27年度は増税分がなければ財源を賄うことは難しい。
さらに28年度以降も防衛力強化は必要と思われるが、現状ではその恒久財源は全く白紙の状態だ。長期にわたり恒久財源を必要とする防衛費を赤字国債発行に頼るのでは、あまりに安易だ。
自衛官らの士気にも影響し国力の脆弱(ぜいじゃく)化につながる。防衛という公共サービスの費用は、特定の国民や業界に偏った負担ではなく、安心・安全の受益を受ける幅広い主体が公平に負担すべきものだと筆者は考えるが、石破首相はどう考えるのだろうか。
「受益と負担の問題」は、防衛増税や社会保障に代表されるように、国民が、自分のこととして考える必要がある。その一方でさまざまな利害がかかわり一筋縄ではいかない問題だ。実際に実行に移すとなれば党内外から大きな反発が予想される。だが、新政権には「受益と負担」の問題に正面から取り組んでもらいたい。
(東京財団政策研究所研究主幹 森信茂樹)



