すでに世界の150カ国を超える国で、2050年のカーボンニュートラル達成が宣言され、その達成のために30年の中間目標に向けたさまざまな政策が検討または施行されています。
たとえばEU(欧州連合)は国が複数にまたがるため、整合を取りながら関係法令の検討が進められています。民間企業は基本的に、レギュレーションに応じる形でカーボンニュートラルの実現に向けて動くことに変わりはありませんが、取り組む際の方向性は大きく分けて2つの視点があると見ています。1つは、的確にマネジメントすべき「コスト」ととらえる視点。もう1つは、自社が新たな競争力をつけていく「事業機会」と考える視点です。長く前者が大勢を占めていた印象ですが、徐々に後者が増えており、日本郵船も、海運業界のリーディングカンパニーとして、意欲的に取り組んでいます。改めて現状を教えていただけますか。
筒井 脱炭素の流れはグローバル規模で進んでおり、当社にとっても気候変動対応として、実現すべきテーマです。ただ、私たちのコアビジネスである外航海運は、「hard-to-abate」なセクターと呼ばれるように、船舶のゼロエミ化には技術革新が必要ですし、国と国とをつなぐサービスであり、各国単位の取り組みとは異なる難しさがあります。
たとえば、各国の設定したGHG(温室効果ガス)の排出削減目標は、おのおので決めたNDC(※1)という枠組みの中で設けられますが、外航海運の場合は国連の下部組織であるIMO(国際海事機関)が主体となって進めていくこととされています。IMO でも、ようやく23年にカーボンニュートラルを目指すという方針が、「2023 IMO GHG 削減戦略」として採択され、世界の海運事業者の重要課題になっています。
日本郵船としては、これに準拠することはもちろんですが、加えてパリ協定での「1.5℃目標」に描かれたシナリオを的確にクリアしていくことが必要だと考えています。
※1 NDC=Nationally Determined Contribution(国が決定する貢献)の略称。第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定(パリ協定)に基づき、各国が作成・通報・維持しなければならないGHGの排出削減目標。
日本郵船 ESG戦略副本部長 執行役員
日本郵船に入社後、客船「飛鳥」立ち上げや、海外港湾ターミナル事業に携わり、内閣府への出向を経て人事部門で女性活躍推進プロジェクトを主導、その後英国現地法人のコーポレート部門トップを務めて帰国後ガバナンス強化グループ長、2020 年に執行役員に就任して法務・内部監査を担当、21年よりESG経営推進を担当、23年より現職。
日本郵船グループ全体で2050年の排出量ゼロを目指す
豊嶋 貴社は脱炭素に向けた目標を、24年に大幅に見直して公開されました。その中で、30年度に日本郵船グループ全体で、GHG 排出量「Scope1+2」を21年度比で45% 削減すると宣言し、大きな注目を集めました。
筒井 この宣言では、50年度に「ネットゼロ」、すなわちカーボンニュートラルの実現をゴールに置いていますが、その手前の目標として設定したのが45%という数字になります。海運業としては非常に野心的な目標ですが取り組む価値は十分にありますし、この数字は「総量目標」のため、たとえ船の数が増えたとしても、絶対量として減らさなければならないものです。事業者としては、まさに不退転の覚悟がなければ達成できないと考えています。
豊嶋 45% 削減という数値は、もちろん科学的な根拠に基づいて算出されたものだと思いますが、基準にされた法令や規制などはあったのでしょうか。
加藤 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「1.5℃特別報告書」や「第6次評価報告書」などで、すでに炭素予算=大気中に放出できるGHG 排出量は決められています。その1.5℃の目標を達成するにはどれくらいの削減量を実現すべきかといったバックキャスト的な目標設定が、「30年度までに45%」だったのです。
しかし、その期限までに私たちにできることを見積もったところ、現時点で適用可能な技術を総動員しても30% 程度ということが判明しました。つまり、目標に対して15% のギャップが存在するわけですが、45% というのは人類全体で実現すべき目標であり、あえてその数字を目標にしようということになりました。その高い目標に向けて、ある程度は経済性を犠牲にする局面があるかもしれませんが、克服の方法を考えて進めていこうと決めています。
日本郵船 脱炭素グループ 脱炭素推進チーム チーム長
2002年に日本郵船入社。船社工務技師として、国内外の一般商船の新造計画や建造監督、保船管理業務に携わる。21年、日本郵船が発起人の一社としてデンマークに設立した国際海運の脱炭素化を目指す非営利団体Maersk Mc-Kinney Moller Centerfor Zero Carbon Shippingに出向。代替燃料船の設計、リスク解析などに従事。22年10月より現職。
筒井 この脱炭素目標に向けた戦略策定の大前提は、経営トップが20年に打ち出した「ESG 経営」であり、私たちの成長戦略の核となっています。
ESGを意識する経営を、当社の事業運営の中心に据えた背景には、経営に携わる者としての危機感があります。現在、企業が活動するうえで、もはや従来の物差しだけで成長を測ることは許されません。そこにESGという価値観を加え、それを織り込んで成長を期す必要があります。当社のトップマネジメントにその強い意識があるからこそ、グループ全社の推進力につながっていると感じます。
世界初のアンモニアで動く船を内外のパートナー企業と「共創」
豊嶋 脱炭素化推進は、先ほどおっしゃった通り単独の企業で達成するのが困難な課題です。そこで、その伴走支援に当たるアビームコンサルティングとして、企業横断・産業横断の枠組みをつくり出すべきだと考え、「価値共創戦略」というスローガンを掲げて取り組んでいます。
その最新の成果といえるのが、24年の住友商事とのジョイントベンチャーであるGXコンシェルジュの設立です。この会社の強みは、総合商社とコンサルティングファームの相乗効果にあります。コンサルティングファームは排出削減計画の提案はできても、実現のための手段を持ち合わせていません。それが総合商社と共創することで、太陽光パネル、EV(電気自動車)等のハードウェア提供や、バーチャルPPA等の環境価値の提供までワンストップで提供できるようになります。
また総合商社は、多種多様な企業との接点を持っている点においても強みがあります。そのネットワークを用いて企業間をつなぎ、共創によって、より実効性の高いカーボンニュートラル施策を実現できます。こうした価値共創戦略こそ、個々の企業だけでは実現の難しいGX 推進の原動力になると考えています。
アビームコンサルティング 執行役員 プリンシパル SCM改革 戦略ユニット
サプライチェーンICT ソリューションプロバイダーに創業メンバーとして参画し、事業規模拡大に貢献。アビームコンサルティングにおいては先端技術を用いた業界・企業横断の変革案件/事業創出案件に従事。住友商事との合弁事業、GXコンシェルジュ代表取締役副社長。
筒井 当社でも、カーボンニュートラルの実現とそのために必要なGX には、やはり共創がカギを握っていると感じています。そのため価値共創戦略に基づくジョイントベンチャーの意義についても、強い共感を覚えます。ただ、当社の国際物流ビジネスでは、共創はおのずと海外の政府や企業とのコラボレーションを必要とします。そこではおのおのに異なる立場や利害、価値観を持った関係者が存在します。その環境での共創は容易ではありません。また、「顧客との共創」も視野に、お客様とゴールを共有して協力を得る必要があるでしょう。
豊嶋 日本郵船の最新のトピックに、世界初のアンモニア燃料アンモニア輸送船の運用があります。このプロジェクトでは、グループ内外の協力体制があって初めて実現したと伺いました。これはまさに、共創によるGX の好事例と考えます。詳細をお聞かせいただけますか。