筒井 当社では、カーボンニュートラルの施策として、船舶燃料の脱炭素化にも取り組んでいます。具体的には、従来の重油に代わってアンモニアを燃料とする船を開発し、その最初の実例として、タグボートの運用を開始しました(24年8月)。

 この船の開発では、IHI 原動機に技術的なご協力をいただきましたし、ドックヤードやタグボートの運用においては、当社グループ企業の力を借りています。さらに資金面では、GI 基金(※2)による国の支援を受けています。

 まだプロジェクトの規模は限定的ですが、多様なプレーヤーの共創によって初めて実現していると実感しています。また、この船を利用するお客様にも、重油ではなくてアンモニアで駆動する新しい船だということを理解していただくことも、共創の一部だと思っています。

※2 GI 基金=グリーンイノベーション基金。日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」の目標を後押しするため、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が企業や団体に対して投資を行っている。

不退転の覚悟で挑むカーボンニュートラル 実現するカギはステークホルダーを巻き込んだ「共創」「カーボンニュートラルの実現とそのために必要なGXには『共創』がカギを握っている」

日系企業はサプライチェーン全体で持続的な成長に向けた変革を進める

豊嶋 顧客も含めたサプライチェーン全体を視野に入れて取り組む姿勢には、重要な示唆を感じます。ある大手電機メーカーでは、サプライチェーン全体のGHG排出削減を推進するため、「サプライヤーエンゲージメント」という取り組みを行っています。最初にサプライヤーに対する勉強会を開催し、啓発や各社の削減目標策定などを呼びかけています。勉強会には約600社が参加し、6割ほどが目標を掲げたという成果を上げています。その取り組みでは、次のステップとしてツールを配布し、実際に排出量を算定する体験を用意しています。ここでも単独の成果ではなくサプライヤーを巻き込むことで、削減効果の最大化を狙うことが可能になります。

 日本の製造業は、サプライチェーンの持続的な成長を視野に入れながら、一致協力して変革を進める傾向が強く、たとえ取り組みが遅れている企業があるからといって排除することはありません。元請けの企業を中心に全体のリレーションを保ちながら、このサプライチェーン全体で対応していく特性は、GXにおいてポジティブに働くのではないかと感じます。

不退転の覚悟で挑むカーボンニュートラル 実現するカギはステークホルダーを巻き込んだ「共創」「脱炭素化に適した市場メカニズムは、GXと経済合理性を両立させる重要な基盤になりうる」

筒井 EUとアメリカ、日本。さらにアジアも含めて、脱炭素というイシュー1つ取っても、方針がそれぞれ異なります。たとえばアメリカは、IRA(Inflation Reduction Act =インフレ抑制法)に基づく補助金などで支援した後は、個々の企業に任せるアプローチですし、EU は規制ありきで、順守できているかを判断するため、強く情報開示を求められます。

 私たちは国際物流に関わる企業ですので、こうした動きを把握して、柔軟かつ適切な対応を考えなければなりません。これもまた、当社だけでは実現できません。ここでも共創が重要なキーワードになります。

脱炭素化の市場メカニズム創出へ日本政府主導で進む取り組み

豊嶋 加藤さんは、海運事業の脱炭素化を研究しているヨーロッパの機関へ出向した経験をお持ちだと伺いました。この分野において、地球温暖化におけるIPCCのような、最も上位の会議体にはどのようなものがあるのでしょうか。

加藤 IMOの「MEPC(海洋環境保護委員会)」という委員会が、それに該当します。ここでの議論が、船舶からの汚染の防止や規制など国際的なルールになっていきます。IMOは国連の機関なので、MEPCの参加者も基本的には国単位となります。日本では国土交通省が所管し、その下に日本船主協会などの関連団体が関わっており、当社もこうした関連団体や国内外のネットワークを通じて国際的なルール作りに積極的に参加しています。

豊嶋 政府はいま、日本が主導する「AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)」の実現に注力しています。この構想において日本は、エネルギートランジションを追求するAZEC パートナー国に対し、各国の事情に応じたファイナンス支援、技術支援、キャパシティービルディングを提供していきます。

 現在AZEC には、日本とASEAN(東南アジア諸国連合)9カ国、オーストラリアが参加していますが、この枠組みではEU のような規制による推進を狙うのではなく、脱炭素化に適した市場メカニズムの創出を目指しています。

 こうした脱炭素化に適した市場メカニズムは、GX と経済合理性を両立させるための重要な基盤になりうると感じますが、日本郵船においてもそうした仕組みに当たるものはありますか。

加藤 社内の施策ですが、「内部炭素価格制度」が該当するといえるかもしれません。端的にいえば、「1トンのGHGを削減することに対する社内での価値を定める」ものです。現在は1トン当たり120ドルとしていますが、今後は段階的に引き上げていき、30年以降は250ドル内外で推移するのではと見ています。この炭素の価値が将来どれほどになるかは、たとえば国際海運全体をゼロエミッション化するのに必要なコストがどのくらいなのかなど、さまざまな要因の分析が必要ですが、脱炭素化を進めるうえでの明確な指標になると考えています。

不退転の覚悟で挑むカーボンニュートラル 実現するカギはステークホルダーを巻き込んだ「共創」「どれくらいの削減量を実現すべきか検討した結果が『30年度までに45%』だった」

関心に合わせた働きかけや脱炭素化の「バイブル」を展開

豊嶋 内部炭素価格というキーワードで GHG 排出コストを可視化することは、社員のモチベーション向上にもつながりますね。ほかにも、脱炭素推進に資する試みはありますか。

筒井 業界全体の意識醸成につなげるため、レイヤー別に関心に合わせた働きかけを行っています。これは、ひと口に脱炭素推進と言っても、それぞれの立場によって視点が大きく異なるからです。たとえば投資家や金融機関は、脱炭素には費用がかかるが、それをいつどのように回収するのかといった資金調達や投資回収に関心が向きがちである一方、業界団体や同じグループでも、ビジネスの性質や、事業を行っている地域によってもGXに対するとらえ方が異なります。そのため、それぞれの関心度や理解度に合わせた説明を行うようにしています。そうした地ならしは欠かせません。

 また、23 年11 月に「NYK Group Decarbonization Story」を発表しました。これは、当社グループの脱炭素化に向けた戦略と目標を解説したものであり、一般公開しています。中期経営計画におけるEX 戦略を補完するものとして、また「NYK グループESG ストーリー2023」の付属資料として、特に当社グループのGHG 排出削減に向けた一連の取り組みや方向性、目標設定、具体的な施策、移行計画などに加え、持続可能な成長に向けたコンセプトについて説明しています(英語版のみ)。

 これが、グローバル全体で自分たちの会社が何を目指しているのかを理解してもらうためのテキストになればと思い用意しました。

未来によい地球を残すチャレンジに
わくわくしながら取り組みたい

豊嶋 日本郵船の脱炭素化は、これから30年、50年へ向けて、さらに歩みを進めていくことになりますが、現時点で感じていることはあるでしょうか。

筒井 ESG経営に取り組み始めた数年前は、具体的にどういう方針を立て、何をすべきか、非常に悩ましい状態でした。そんな折、私は仲間に「勇気を持て」と励ましていました。私たちがやろうとしていることは、現在の自分たちのためだけでなく、将来世代のためによい地球や社会、人生を残すことにつながるのだと。そのために、「大きな目標さえ見失わなければ、きっと解決の方向性が見えてくる」と。

 最近は意識が浸透し、持続的な社会の実現への貢献とともに、企業としての成長イメージが共有できつつあると感じます。現在の中期経営計画のサブタイトルを「A Passion for Planetary Wellbeing」としたのも、未来のため、地球のためのパッションを持ち続け、これからもわくわくしながら実現に挑んでいきたいとの思いからです。

加藤 私の役割はそうしたトップマネジメントが描く理念やスローガンを実務の現場で具現化していくことだと認識していますが、現在はちょうど過渡期であり、環境に配慮した新しい燃料なども出始めてきたところです。ただ、期待感の一方で技術課題などハードルは依然として山積みの状態です。それらを一つひとつ乗り越えていかなければなりませんが、進むべき方向やマインドセットを見失わないことが重要です。それをストーリーとして描き、社内外のステークホルダーの理解を得ていくことが、自分の使命だと考えています。

豊嶋 日本郵船グループにおけるGXにはこれからも大いに注目していきたいと思います。本日はありがとうございました。

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