ブランドストアで提供する「最高の顧客体験」

「われわれのメインターゲットユーザーはコア・マウンテン・アスリートでクライム、トレイル、スノー(※)といった三つのアウトドアアクティビティにコミットした人たちが対象です」

 と、ビジネスの成長をけん引するライト・アウトドアユーザーを肯定しつつ、改めてブランドのメインターゲットを定義しながら、高木氏は自身のアウトドアショップでの体験を振り返る。

※クライム、トレイル、スノー:クライムにはロック、アルパイン、ミックスなどのクライミングが、トレイルにはトレイルランニング、ハイキングが含まれ、スノーにはバックカントリー、リゾート、ツーリングなどのスキー、スノーボードアクティビティが含まれる。 

「昔通っていたショップでは、最初にスタッフと話すのは商品の話ではないんです。まず聞くのは『先週どこの山に行きました?』と」

 高木氏がブランドストアで目指す「顧客体験」の原点はそこにあったという。店頭では直近の登山体験を共有し、そこからどんな道具が便利だったか、何が必要かという自然な流れで商品につながる会話がなされ、「◯◯さんが言うなら間違いない」という信頼関係も生まれていた。

 しかしながら、ブランドの人気が上がるにつれ、混雑する店舗や時間帯では、十分なコミュニケーションの機会が持てず、コアターゲットの満足度を下げてしまうという課題があった。

 そこで「新宿ブランドストア」の4階に「ベータラウンジ」と名付けるスペースを設け、来店客がスタッフの専門的なアドバイスを受けながら、ゆったりと買い物ができるコンシェルジュサービスを提供する。コア・アウトドアユーザーと、また、新たにアウトドアアクティビティを始めるビギナーとスタッフがコミュニケーションを深化させていく空間となるだろう。

アウトドアブランドARC’TERYXはなぜ選ばれ続けるのか。企業成長を支えるマーケティング戦略とブランド哲学に迫る「新宿ブランドストア」は、ウエアやバックパック、フットウエアなどフルラインアップの品ぞろえはもちろん、サーキュラーエコノミー・プログラム「ReBIRD™(リバード)」(後述)のサービスカウンターも設置。洗濯機と乾燥機を導入し、既存の店舗では対応できない修理&クリーニングサービスを提供する

製品に生きるブランド哲学とクオリティ

 ここでアークテリクスの“本質”を二つのキーワードからひもといてみたい。一つは、製品の根幹にある「ブランド哲学」だ。

「アークテリクスはハーネス(ロープと体をつなぐ安全ベルト)とクライミング用品の製造からスタートしましたが、もともと『デザイン・フロム・スクラッチ』という考え方があります。つまり、全て自分たちでゼロから新しいものを作ってやろうという発想です」

アウトドアブランドARC’TERYXはなぜ選ばれ続けるのか。企業成長を支えるマーケティング戦略とブランド哲学に迫るアークテリクスの歴史はハーネスの製造から始まった。当時としては非常に軽くて、クッション性が高かったことが、コアなクライマーから高い評価を得た

 そうしたものづくりを可能にしているのは、デザイナー自身が、ほぼ全員プロレベルのアウトドア・アスリートであることだ。

「ノースバンクーバーにある本社のそばには、バイク(自転車)で30分の距離にグラウスマウンテンがあり、ハイキングやトレイルランニングもできます。冬になれば雪が降りスキー、スノーボードもできるので、朝、ひと滑りしてから出社する社員もいます」

 デザイナーは自分たちが作った試作品を自然環境に持ち運んでテストできるので、自身のアウトドア経験が生かされた、非常にリアリティのある製品開発が実現すると高木氏は説明する。

「マーケットで売れているものではなく、本当に自分たちが使いたいものを作ること。新たに開発された機能は、アウトドアユーザーの問題を解決すること。機能性と革新性の融合が美しいパッケージになっていること。耐久性が高くずっと使ってもらえること――。これらの四つを満たして、初めて製品化されます」

 またその製造過程では、サプライチェーンの全てで徹底したマネジメントも行われている。

「カナダにある『アークワン』という自社工場に蓄積されたノウハウが、アークテリクスのものづくりの根幹。そのクオリティを世界中のどの工場でも再現できるよう、綿密な研修を行い、時には工場のミシンを入れ替えてまで、アークテリクス・クオリティにこだわります」

アウトドアブランドARC’TERYXはなぜ選ばれ続けるのか。企業成長を支えるマーケティング戦略とブランド哲学に迫るノースバンクーバーの本社近くにある自社工場「アークワン」でデザインとクラフトマンシップが融合する。「ユニバーサル規模になったアウトドアブランドで、自社工場を持っているところはほとんどない。これがものづくりの根幹を決定的に変える」(高木氏)

赤字でも修理&洗濯サービスを提供する理由とは

 もう一つのキーワードが「環境への配慮」、それを体現するのがReBIRD™プログラムだ。

「アークテリクスには、もともと『Make It Last.(長持ちするものを作ろう)』という考え方があります。設計段階から長く使ってもらうことを意識し、壊れる前にきちんとケアし、壊れてしまったら修理して、できる限り使ってもらうことで、廃棄や埋め立てを減らすのがReBIRDTMのコンセプトです」

 現在、国内では「東京 丸の内ブランドストア」と「大阪 心斎橋ブランドストア」に「ReBIRD™ サービスカウンター」が設置されており、事前予約制で修理サービスやクリーニングサービスを受け付けるほか、手入れの方法や修理に関する技術説明なども提供する。新店舗の「新宿ブランドストア」では、より複雑で高度な技術が必要な修理にも将来的には対応していく。

 ReBIRD™プログラムには、製品を長持ちさせる洗濯の啓蒙やイベントを行う「ReCARE™」、使い込まれたウエアを新しい製品に生まれ変わらせる「ReCUT™」などがある

 売り上げだけを追求するのであれば、こうした取り組みは生まれにくいように思える。そんな疑問に、高木氏はこう答える。