「あの男との約束を果たせなかった」
27年前、青島とした約束のことを、新城賢太郎(筧 利夫)に話す室井。青島と組織を変える約束をした後、左遷された時代もあったが、順調に組織の中で出世。ついに警察組織を自ら変えるポジションに就いたと思われたが⋯⋯結局、退職となってしまった。組織改革を阻まれ、約束を果たせなかった悔恨をにじませている。
社会人生活も長くなると、組織の中の足の引っ張りや挫折を経験することもある。室井ほどの男でも、見えない巨大な力にはかなわなかった。ビジネスパーソンも共感するポイントだろう。
「君は被害者の家族に対する礼儀を知らない」
室井役の柳葉以外に2人の秋田出身の俳優が登場する。タカの母親役の佐々木 希と、その母親を殺害した犯人の弁護を務める若い弁護士役の生駒里奈だ。
本作での注目点の一つが、この生駒演じる新人弁護士と室井のバトルだ。加害者側の弁護で必死になるあまりタカに対して礼儀を欠く弁護士に対して、室井は義理人情の昭和的価値観を持って、静かに相手を思いやる気持ちを諭す。どんなときも敬意を尊ぶ姿は昭和の男どころか、武士のようにも思える。
「俺は親代わりだが、まだ1年生だ」
警察を退職後、故郷でゆったり過ごすこともできたはずだが、室井は事件の被害者、加害者家族の里親となり、初めての“子育て”に奮闘する。それは困っている人間や社会の役に立ちたいという使命感と正義感ゆえ。
タカに「寒くないか」と声を掛けるシーンがあるが、タカの母親もタカに同じように声を掛けていて、自身を1年生と言いながらも、室井はすでに親になれていると感じさせる。
当時「踊る大捜査線」ドラマシリーズを見ていて、今は親になっている方も多いだろう。子育ては誰も教えてくれない。「子どもに親にしてもらった」とはよく言うが、子育てに奮闘しながら、キャリア一筋だった室井が親として、人間として成長していく姿を見ることができるのも感慨深い。
室井の生きざまがビジネスパーソンを鼓舞する
「踊る大捜査線」シリーズが始まった27年前には想像できないほど世の中は大きな変貌を遂げてきた。しかし、変わらないものはある。室井慎次という男も変わることなく、相変わらず人格主義的な生きざまを貫いている。それが最新作でも、彼の言葉から伝わってくる。
「踊る大捜査線」ドラマシリーズが始まったのは27年前。その1年前に日本版が発売され大ヒットした書籍に自己啓発・ビジネス書であり、ビジネスパーソンもこぞって読んだ『7つの習慣』がある。その本では、一次的な成功のためには“人格者であれ”と説いている。室井はまさに人格者としてあろうと行動し、成長してきた。
生き方こそ不器用だけれども、周りから信頼される成功者だ。だからこそ、ビジネスパーソンは室井に憧れるし、共感できるのではないだろうか。
青島と約束を交わしてから27年という歳月の重さ。室井の無念に胸が痛むが、タイトルを見ると、室井はまだ敗れていない。果たしてこのタイトルが意味するものとは⋯⋯。「室井慎次 敗れざる者」、そして「室井慎次 生き続ける者」[11月15日(金)全国東宝系にて公開 ※