サプライチェーン運用ではコストとリスク両方を考慮

経営者が揺るがぬ方針や価値観を持つことで、自社の安定性を高めることができる。一方、構造的な変革と短期的な対応を迫られている現場もある。サプライチェーンの運用を担うチーム、関税の最適化に取り組むチームはその代表格だ。トランプ関税の影響度を評価するとともに、対応策の準備に追われているに違いない。EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの志田光洋氏はこう指摘する。

「従来、地政学リスクの主な要因は中国と考えられていました。そこで、中国を市場とする企業は地産地消の取り組みを進める一方で、生産拠点は東南アジアを念頭に『チャイナ・プラス・ワン』による一種の迂回輸出を図りました。しかし、米国が東南アジア諸国に高関税を課せば、この手法は通用しません。今後は、米国でも地産地消を進めつつ、それ以外の市場についてはサプライチェーンを再構築する必要があるでしょう」

世界経済の地殻変動を受け、見直しを迫られるサプライチェーンと関税管理EYストラテジー・アンド・コンサルティング
サプライチェーン&オペレーションズ
パートナー
志田光洋

従来の「サプライチェーンを徹底的にリーンにする(無駄をなくす)」という考え方は成り立たなくなった。

「ある程度効率を犠牲にしてサプライチェーンを複線化する、場合によってはネットワーク化する必要があります。一つの供給網が途切れても、別の供給網から調達できるようにしておくのです。相当の時間がかかりますが、変化に対して柔軟に対応できるサプライチェーンづくりが求められています。コスト最優先を見直し、戦略的なサプライチェーンの設計・運用を考える必要があります」と志田氏は語る。

トランプ関税への対応も事業部門や調達、経理などの現場にとっては難題だ。

「これまで多くの企業は『関税障壁は、WTO体制の下、今後段階的に引き下がっていく』との前提で、サプライチェーンのシステムを構築してきました。関税の大きな変動、頻繁な変動は想定していません。そのため、各海外子会社における申告状況や関税支払い状況・節税状況をSKU(Stock Keeping Unit)単位で正確に把握できている企業は少ないです。為替変動や市場動向に則して製品・部品価格のシミュレーションができる企業も、関税では同等の精度でシミュレーションができないのです」と、EY税理士法人 パートナーの大平洋一氏は語る。

世界経済の地殻変動を受け、見直しを迫られるサプライチェーンと関税管理EY税理士法人
インダイレクトタックスリーダー/パートナー
大平洋一

従って、現状では多くの企業が多大な工数をかけて影響度を評価し、対策を検討していることだろう。「サプライチェーンに関するデータの解像度を上げ、シミュレーションのできる仕組みづくりを急ぐ必要があります」と志田氏は言う。

同時に、関税の管理においては、各法人での輸出入実務にフォーカスした部分最適にとどまる運用から、グループ全体のコストとリスクを戦略的に下げる全体最適を目指す管理の視点を持つことが重要になるだろう。

「日系企業が貿易を行っている国々において突発的に関税・非関税障壁が発動されやすい今日の環境下では、あらゆる通商・関税上の事象に対して機敏に対応できる体制が重要になってきます。その実現には組織面での改革が欠かせません。例えば、データに根差したグループ全体の関税コストとリスクの削減に責任を負う通商・関税戦略部のような部門の創設です。法人税はビジネスの結果に対して課税されますが、関税はビジネス活動そのものへの課税。ビジネスへの影響は、より直接的かつ大きい。新たな組織づくりを検討すべきだと思います」(大平氏)

関税変更などグローバルサプライチェーンを取り巻く環境変化に対して、多くの企業では経理や法務、事業部門などそれぞれが自らに関係する部分のみ対応しているのが実態だ。その責任と権限を一元化した組織をつくれば、よりスピーディーかつ適切な対応が可能になる。

また、関税については短期的な対処が可能な領域もあると大平氏は言う。

「関税評価や原産地の見直し、関税分類の見直しなどで影響を緩和する余地はあります。こうした施策と中長期視点の施策を並行して進める必要があります」