時価総額ではキヤノンがリードも
メディカル事業の育成が課題に
95年に社長に就任した御手洗氏は、後任に社長を譲って会長CEOを務めた時期も含めると、30年以上にわたってキヤノンのトップに君臨し続けている。
この間にキヤノンの企業価値はどう変化したのか。競合の富士フイルムHDと比べてみよう(下図参照)。
御手洗氏が初めに社長を務めていた95~06年に、キヤノンの時価総額は急上昇している。この時期には、カメラや複合機の事業を伸ばしただけでなく、NEC子会社のアネルバ(現キヤノンアネルバ)を買収するなど、積極的な事業拡大を行った。その戦略が株式市場から評価されていたようだ。2000年代に祖業の写真フィルム事業が急激に縮小し、立て直しに苦慮していた富士フイルムHDとは対照的だ。
御手洗氏が初めて社長職を譲って会長に就任した後は、リーマンショックをはじめ数々の市場環境の激変に見舞われたが、時価総額の持ち直しは早かった。20年のコロナ禍からもすぐに回復し、富士フイルムHDとの差を広げつつある。コロナ禍収束以降、株式市場からの期待感では、キヤノンが富士フイルムHDを大きく上回っているようだ。
ただし、キヤノンが株式市場からの期待に応えて順調に成長し続けるには、ポートフォリオの変革が急務となっている。現在キヤノンの屋台骨となっている複合機やカメラの事業は、急成長が見込みにくいためだ。
一方の富士フイルムHDは、半導体材料や医療機器、バイオCDMO(医薬品の開発・製造受託)などが育ってきており、特定の事業に依存しない収益構造を確立しつつある。キヤノンが富士フイルムHDをリードし続けられるか否かは、新たな収益の柱の構築に懸かっている。
目下、キヤノンの最大の課題となっているのがメディカル事業だ。キヤノンは16年に、富士フイルムとの争奪戦を経て旧東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)を約6700億円で買収した(同買収については、特集『医療機器 21兆円への挑戦』の#2『キヤノン、富士フイルム、リコー…CT・MRI機器事業の「買収シナジー」対決!コピー機大手の序列が激変』参照)。
しかし、依然としてメディカル事業を軌道に乗せることはできず、24年度には1651億円もの減損損失を出してしまった。同事業を立て直すべく、キヤノンメディカルは今年4月にキヤノン本体に統合される。今後、メディカル事業とキヤノン本体の既存事業がシナジーを創出していけるかどうかが、全社の浮沈の鍵を握っているといっても過言ではない。
社長職は退いても「司令塔」は譲らず
世代交代は待ったなしに
ここまで見てきたように、キヤノンが成長を続けるためには、さらなる収益構造の変革が不可欠だ。その陣頭指揮を執るのは、次期社長に内定している小川副社長ではなく、今後も引き続き御手洗氏になるとみられる。
小川氏の社長就任後も、御手洗氏は会長CEOとして経営の中枢にとどまる。御手洗氏は今年1月に日本経済新聞に掲載された連載「私の履歴書」の中で、「キヤノンの経営の司令塔は(中略)私がつとめている最高経営責任者(CEO)である」と述べている。これは、社長交代後も自身がキヤノンの「司令塔」であり続けるという宣言に等しい。
現在90歳の御手洗氏は、いつまでトップの座に君臨するのか。キヤノン関係者は、「御手洗会長に引退の話を持ち掛ける人が社内におらず、“鈴をつけられる”人のいない状態が続いている」と話す。長年会社を支えてきたカリスマ経営者に世代交代を迫れる役員や社員がいないのも無理からぬことだ。
御手洗氏は自身の引き際について、今年1月に開かれた社長交代会見の中で「新しい社長が実行者として十分に成長し、任せられるというときを見極めて退きたい」と語った。引退のタイミングはあくまで自分で決めたいようだ。
キヤノンは今年1月に発表した中長期経営計画「グローバル優良企業グループ構想 Phase VII」の中で、30年度の売上高が25年度比21%増の5兆6000億円、営業利益率は同5.2ポイント増の15%という野心的な目標を掲げた。中計達成に向けて当面は御手洗氏が指揮を執るとみられるが、御手洗氏の年齢を考えると、司令塔の交代は、この「フェーズ」の完遂を待ってから、と悠長に構えている余裕はないだろう。
次期社長の小川氏をはじめとする比較的若い役員が早々に頭角を現し、御手洗氏から「司令塔を任せられる」と思われる日の一日も早い到来が待たれる。後継者問題は待ったなしの局面に入っているのだ。
Graphic by Kaoru Kurata




