「復興」という言葉はもういらない?
いわき・復興飲食店街で生まれた違和感

【第8回】2013年7月16日公開(2013年7月19日更新)
中村真理

 店には色んな人が訪れる。楢葉町や双葉町などからの原発避難者、福島第一原発の作業員、除染作業のアルバイトをする若者、風評被害に悩む農家。「中でも、避難している人を悪く言ういわきの人がいるのは、悲しいなぁと思いますね。避難者は住む場所を追われて、窮屈な仮設の生活を強いられている。補償金もらって道楽ばかりしているって責める人もいるけど、それはほんの一部。それだって、このつらい状況で道楽に甘えるのは人間なんだから、仕方ないと思う。今のいわきには一見しただけでは見えない問題があるんです」

 「復興外し」を尋ねると、山越さんはしばらく考え込んだ。

 「復興って何なんだろう。復興ビジネスもあるし、『復興』によくないイメージがあるのは確かだと思う。でも、これまでのような普通の状態にもどるのが復興だとしたら、自分には今の福島はとてもそんな状況にあるとは思えない」

補償や支援を受ける「避難者」に
対する市民のいらだち

 夜明け市場から30分ほど車で走ると、集落ごと津波で消え、更地となった沿岸部がある。市外へ続く道では、白い防護服の男たちを乗せたバスと何度もすれ違う。2年ぶりに立ち入りができるようになった富岡町は、今も地震と津波があった当時のままだ。

 市内には原発周辺自治体から約2万4000人が避難し、避難の長期化は避けられない。取材期間中、補償や支援を受ける「避難者」に対する市民のいらだちの言葉を繰り返し聞いた。避難者支援団体「みんぷく」の赤池孝行事務局長は最近、国連機関の難民への対応ハンドブックを手元に置いている。

 「難民キャンプでも、避難者と受け入れ住民の間は緊張関係が生まれやすい」。震災から時間が経つにつれ、金銭や生活の差に対する不満の矛先が避難者に向かい、身元を隠したがる避難者も出てきているという。「新しい隣人として長期的な関係を作るのが大切」と考え、仮設住宅の避難者と周辺自治会との交流や関係作りを進めている。

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復興って何だ?夜明け市場で生まれたもの

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