「福島の復興には何十年もかかるだろうけど、『復興』という言葉は2年で色あせてきてしまったと思いますね」。松本さんは断言した。

 さらに、「復興」のかけ声で、「支援する側」と「支援される側」が区別される、と感じている。「今の福島で起きていることは、日本の問題でもあると思う。原発は日本のために福島が背負ったのではないのか。「復興」というと、支援する側がされる側へ与えるという受け身の印象がある。可哀想な被災者が、支援先を見て行動する構図は違うと思う。福島と一緒にやるという人がいてほしい。ここが地元にも外にもポジティブなメッセージを発信できる場所でありたい」

異論を持つ者~「まだ復興途上」
津波で和食店を流された浜のおやじ

「人に頼るのは俺も嫌いだけどよ、まだまだ、復興には至っていないと思っている」。

 路地の東端、鮮魚を使った和食店「魚菜亭」の北郷清治さんは言う。福島屈指の港町、市最北端の久ノ浜で生まれ育った。地元ゴルフ場のレストランで30年間、調理人として働き、自分の店を持った。いわき沖は、近海の魚介類の種類が豊富だ。北郷さん自ら市場へ足を運び、四季折々の鮮魚を仕入れて作る料理は地元でも評判だった。

カウンターに立つ北郷清治さん(左)、「まだ生活を支えてきた基盤を何も取り戻していない」

 開店3周年を目前に震災が起こり、自宅も店も津波で全壊。地元にできた仮設商店街への出店も考えたが、集客を考えると生活を支えられないと判断、市中心部での再開を決めた。つてをたどって仲買人を紹介してもらい、今は全国から魚を仕入れている。

「市場から直接仕入れていた昔に比べたら、3倍の値段がかかる。高いよ、やっぱり。でも、まぐろじゃどこにでもある。高くてもいいものを出さないと、こんな小さな店がやっていけない。今だからこそ、お客さんにおいしい魚を出したいという思いもあるしね」