店は14席と小さいが、連日予約でいっぱいだ。5月初旬に訪ねると、千葉県銚子のカツオ、宮城県閖上の赤貝など各地の大振りなネタがカウンターの冷蔵ケースに詰まっていた。放射能の影響が強かったいわき沖は、いまも漁再開のめどは立っていない。「久ノ浜への思いはあるけど、帰っても魚がとれない。今後も今の状況が続くだろうと思うと、乗り越えられるのか毎日が不安。年もとったし、この先も今の店でやっていこうと思っている。ここは共同体みたいな場所。いわきで、ここに夜明け市場ありってなりたいね」

 北郷さんに「復興外し」について尋ねると、即答した。「復興にぶら下がっているって、後ろ指を指されたっていい。俺は努力しているんだから。客にも自分の周りにも苦しんでいる人はたくさんいる。元には戻らなくても、避難した人に安住の地が見つかって、漁師は海に出て、漁で収入を得る。これが復興じゃないか。まだ生活を支えてきた基盤を何も取り戻していない」

迷う者~「今の福島は普通じゃない」
夢を探していわきに居着いた店主

客と談笑する山越礼士さん(奥)

「他の店長さんたちの意見に従います」と会議で発言したのは、震災後に東京からいわき市へやってきた山越礼士さんだ。

 路地の入り口近くにフルーツビール店「gohoubi(ごほうび)」を構える。長野県出身。大学進学で上京し、いわきに来る前の2年間は行政書士を目指していた。2度目の試験後、以前の仕事で知り合った知人に頼まれて開店準備を手伝い、慣れない手で壁に板を打ち付けて電気の配線を整えた。その後、知人から店を任されるようになった。

「いわきの人たちはすごくオープン、良い意味でおせっかいっていうか。飲食店で働いた経験はないし、資格試験を受けていた2年間は引きこもり状態だったんで、最初は不安しかなかった。それでも挑戦したいと思ったんです」