「復興」という言葉はもういらない?
いわき・復興飲食店街で生まれた違和感

【第8回】2013年7月16日公開(2013年7月19日更新)
中村真理
夜。通り全体が橙色に染まり、あちこちに笑い声が響く

 しかし一方で、被災地を置き去りにした「復興」の言葉が繰り返されるのに反比例するかのように、問題の深刻さは増し、不可視化していく。町では、避難者といわき市民間で緊張が高まり、震災前から続く衰退が止まらない。除染も原発事故の収束も進捗が見えず、被災地には2年以上立ち止まったままのいらだちが沈殿していっている。それでも「復興」が叫ばれている限り、福島の外は安心していられる。福島 の外で暮らす私たちもそろそろ、「復興」というフィルターを壊して、福島を見つめ直す時期に来ているのではないだろうか。

 夜明け市場は5月10日、店長会議で看板に「復興」を残すと決めた。ちょうちん灯りで橙色に染まった看板には、自分たちの手で選び直した復興の文字が、夜明けを待っている。

中村真理(なかむら・まり)
2006年、朝日新聞社に入社。水戸支局を経て、現在東京本社社会部に所属。2011年の震災当時は主に茨城県内で取材に当たった。東京へ異動し、2011年秋以降、福島へたびたび通う。ジャーナリストキャンプでは開沼博デスクのチームに所属した。
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