なぜ「リサイクル村」が繁栄できたのか?
ものづくりの力で起こした、ゴミを資源に変える産業革命

 「ゴミ」を使った産業的なものづくりで、面白い成功をあげているのがベトナムである。

 首都ハノイから北東へ約60キロメートル離れたズオンオ村は、350世帯がすむ小さな村だ。国連の資料によれば、ベトナムの村落人口の約2割が、平均国民所得の半分に満たない貧困層だといわれている。事実、ズオンオ村に向かう途中の車窓からときおり見えるのは、水田のそばに立つ粗末な小屋だった。

ズオンオ村の大通り。道路に多量のダンボールが積まれている
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 しかし、ズオンオ村の通りには3階建ての家が並び、未舗装の道路はときにレクサスが走る。近隣の農村と比べて、明らかに裕福なのはなぜだろうか。その答えは、家の前に積まれた大量の古い段ボールや紙くずにあった。

 この村は、ほとんどの家の庭に〈工場〉が建っている。工場の中に入ると、古紙を溶かしてパルプにする溶解装置や、大きな円柱形の製紙機械があった。いずれもすぐ隣の中国から格安で仕入れた、中古の装置である。あちこちが壊れ、修理されている。

 Tシャツを着た労働者たちが、溶解装置に段ボールを投げ入れていく。製紙機械がやかましい音をたてて動くと、くすんだ色のトイレットペーパーが次々とできあがっていった。再生トイレットペーパーは、パッケージングされた後、トラックに次々に積み込まれていく。

 ズオンオ村は、村そのものが古紙リサイクルを行う「工業団地」だったのだ。大きな工場を併設している家から、玄関先に小さな製紙機械を置いているだけの家まで、規模の差はあれど、ほとんどの家庭が古紙リサイクル産業に従事している。

ズオンオ村で、トイレットペーパーを運び出す様子
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 ハノイから紙ゴミを回収し、村で再生トイレットペーパーをつくり、またハノイに運び、売る。JETROの調査によれば、ズオンオ村がこうした古紙リサイクルによって得ている売上は、年間2480億ドン(訪れた2011年1月当時のレートで約9億2300万円)にも上るという。もとが「ゴミ」だけに、仕入れ値を抑えられるため、利幅が大きいのだ。だからこそ、村の成功者たちは「リサイクル御殿」を手に入れることができたのである。

 ハノイ工科大学が2003年に実施した調査によると、こうした「リサイクル村」はベトナム全土で約90あるという。リサイクルする素材は村ごとに分かれており、プラスチック専門のリサイクル村もあれば、鉄専門のリサイクル村もある。

 リサイクル村は、もともとは「ランゲー」という、農閑期に工芸品を作る村だった。伝統的に製紙・紡織・木工・鉄工といったものづくりが村で行われており、商品を街に運び販売していたのだ。

 しかし、近代化の波が押し寄せると、旧来の製品は通用しなくなる。そこで、一部の村は首都ハノイから大量に排出されるゴミに注目した。はじめはリサイクルできるものを集めて中国に売るだけだったが、村人はそれが加工できること、ものづくりの素材となることを知っていた。少しずつ設備投資をしていき、やがて、「ゴミ」という「資源」を使った「産業革命」を成し遂げたのである。

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