アップルは、すでに次の時代に入っている

 そもそも知財にまつわる紛争、例えば特許侵害の係争は、有効な特許が侵害されている事実があったとしても、必ず発生するものではありません。

 言うまでもなく、エレクトロニクス製品の最大の特徴は、その多くがシステム製品であるという点にあります。それらの製品は、業界標準のインターフェースによる相互運用性に基づき、さまざまなメーカーのさまざまな部品やモジュールで構成され、基本的には類似の機能の製品が多くのメーカーから販売されます。他社差別化のため、各社はコストダウンと性能向上を目指した技術開発競争にしのぎを削り、その成果を多量の特許として権利化してきました。そのため、誰もが他人の特許を侵害せずには製品を作れない「アンチコモンズの悲劇」が事実上発生しているのですが、大企業を中心にクロスライセンス契 約がなされたり、パテントプールも多く行われたりして、この事実上の特許侵害状態が必ずしもすべて係争になるわけではありません。

 しかし、そこに特許権利者の何らかの経営上の強い思惑が絡んだりするとき、事実としての特許侵害は、係争・紛争という企業対企業の問題として発火します。つまり、知財紛争の勃発では、その背景にあるビジネスへの思惑や課題についての理解が重要であり、知財がビジネス的な目的を達成するための一つのツールとして使われることに注目しなければなりません。

 先のTIの例では、日韓メーカーに技術的にも価格的にも劣勢になった状況を巻き返そうと知財係争を使いました。和解金の獲得で市場での負けをある程度は回収はできましたが、TIの半導体シェアは、その後も低下を続けます。結局TIは、1998年にはマイクロン社に事業を売却する形でDRAM事業から撤退しました。

 ではアップルとサムスンの紛争は、この先どうなるのでしょうか。

 まず両社の現状での実力比較では、まだまだアップルに力があります。例えば、カナダの投資銀行の試算によれば、スマホ事業の営業利益率は、アップルが33%と見積もられるのに対して、サムスンは19%と大きく差が開いています。さらに、IDCの試算では、スマホの業界平均価格は407ドルですが、iPhoneは710ドルでした(2012年)。

 しかし、IDCのスマホのOSシェアの最新調査(2013年第2四半期)では、アンドロイドが前年同期の69.1%から79.3%へと急伸した一方、アップルの「iOS」は、出荷台数は20%伸びたもののシェアは16.6%から13.2%に落ちています。

 さらに、長期的に見れば、アップルの優位がさらに揺らいでいくことは否めないでしょう。なぜならアップル1社で投じる研究開発資金と、アンドロイド陣営が投じる研究開発資金の差は歴然としているからです。

 アップルがじり貧となり、市場から姿を消すのかどうかは、わかりません。ただ、ここで強調したいのは、苦境をバネとし、知的財産とビジネス戦略の融合モデルによって新市場創造に成功した企業のみが生き残ってきたという事実です。

 かつてDRAM事業から撤退したTIは、資金をDSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)の開発に投入し、まったく新しい市場を創造して復活を果たしました。スマートフォンで世界を席巻したアップルも同じように、まったく新しい市場を創造し続けていかなければならないでしょう。そのとき、アップルが知財を、新市場創造と競争力の強化のためにどのように使うかが問われるのです。

 アップルはすでに2009年9月、インテルの上級副社長兼法務担当役員だったブルース・スウェルを同じ肩書きで重役として迎えています。インテルの有名なオープン・クローズ知財ビジネスモデルで指揮を執った辣腕の戦略家であるスウェルが2011年以降のサムスンとの特許紛争を仕切り、さらには知財を武器とする新たなビジネスモデルの構築に深く関わっていくだろうということは誰の目にも明らかです。

 サムスンやLGでも、知財部門のトップが副社長クラスとして経営に関与していることも忘れてはなりません。ビジネスの闘いの主戦場がどこにあるかは、これらの人事からもうかがえるのです。