「知財戦略」という言葉を実感させる
サンディスク
知財戦略を絡めて新たなビジネスモデルを生み出し、持続的な競争力の強化に結び付けているケースとして、サンディスクほど教訓に満ちた企業はありません。
アメリカでは、産業競争力の低下を受けて、1980年に連邦資金による研究成果の実用化を民間に委ねることを規定した「バイ・ドール法」が成立しました。ベンチャーの強い気風もあり、バイ・ドール法の成立以降、それまでになかった新しい知財ビジネスモデルを創る企業が出てきました。85年の創立ながら、今やCDMA携帯電話用チップで独占的シェアを誇るクアルコムや、老舗企業でも知財ビジネスモデルの再構築に成功したインテルなどがそうです。
そうした中で、サンディスクは、実に巧みな知財ビジネスモデルを創造しました。同社は、90年にフラッシュメモリーカードを出荷し、94年にはコンパクトフラッシュカード、99年には東芝やパナソニックと共同でSDカードと、世の中になかった新しい製品を市場に投入することに成功しました。
サンディスクの知財ビジネスモデルの大きな特徴は、競合会社へのライセンス供与を厭わず、それでいてライセンサーとライセンシーの力関係を利用し、ライセンシー企業の価格競争力や製造技術力を自社の競争力として取り込んでいる点にあります。
創業者のエリ・ハラリは、地元新聞のインタビューに次のように答えています。「素晴らしいアイデアを思いつくことはパズルの一部にすぎない。重要なことは、そのアイデアをメジャーな製品に仕上げ、そのための完成されたマーケット、すなわちその製品に価値を見出す顧客層を創造することだ。そのためには、どのカメラでも使える35ミリフィルムのような標準を創る必要があり、競合会社にライセンスする必要もある」
しかし、サンディスクは、ロイヤルティ収入を得るだけの企業ではありませんでした。49.9%を出資して合弁を組む東芝を筆頭に、ライセンシー企業をパートナーにして各種のメモリーやチップの製造を委託しています。これにより同社は、巨額な半導体製造設備の投資リスクを回避しながら、パートナー企業の「ものづくりの力」を自社のものとしているのです。さらにSDカードの標準化では、こうしたパートナーたちとの連携が大きな力を発揮しました。
さらに、ライセンシー企業とのクロスライセンスについての条件の設計は実に周到で、パートナー企業の力が自社に牙をむかないような配慮を忘れてはいません。つまりフラッシュメモリーに関する圧倒的な特許力を背景に、ライセンシー各社から無償で特許ライセンスを取得して自社事業の防衛を鉄壁にするとともに、コントラー・チップの単体販売だけはライセンシーへの特許許諾の対象とせず、安価な無ライセンス品のフラッシュメモリーカードが市場に出回ることを防いでいます。
サンディスクの知財ビジネスモデルは、80年代のTIなどのように古典的な知財戦略で日本やアジアの企業を正面から抑え込もうとするのではなく、競合相手の競争力を自社の競争優位に取り込むために知財の力を最大限に活用するという練りに練られたモデルなのです。ここには、まさに戦略があります。