知財は、ロイヤルティを稼ぐのではなく
ビジネスの稼ぎとなるもの

 1980年代半ばに、半導体産業としては先輩格のTIやモトローラを打ち負かした日本のエレクトロニクス産業は、その覇権を、90年代後半から一挙に韓国メーカーに奪われてしまいました。国内唯一のDRAMメーカーとなったエルピーダメモリさえも、経営破たんに至ります。2000年以降も、日本企業はデジカメや液晶テレビなどで世界的な市場を創造しましたが、いずれも数年でシェアを落とし、今や事業の存続が危ぶまれる状態が続いています。

 知財的には優れた製品を創造しながら、なぜ日本企業は連敗を続けているのでしょうか。しかも2002年には、「知的財産戦略大綱」が策定されて、知的財産権保護を核とするプロパテント政策が本格化していたにもかかわらず、惨たんたる状況です。

 エレクトロニクス産業の知財戦略における「失敗の本質」は、80~90年代の訴訟経験からアグレッシブな権利行使とロイヤルティ収支を最重要視する考え方が形成され、それが呪縛になっていること、また知財を経営戦略に結び付けて考えられる人材の育成が遅れていることだと考えています。

 日本のエレクトロニクス産業は、80年代以降、多くの外国企業から特許訴訟を起こされ、和解によって多額のロイヤルティを支払ってきました。その訴訟により日本の知財部門が、特許訴訟の技術を学び、熟練したのも事実です。しかし一方で、「侵害者を正面から叩き、市場から排除するか一銭でも多くロイヤルティを得ることが、知的財産部門の主任務である」という、80年代アメリカ風の古典的な知財紛争戦略に染まる結果にもなりました。

 だからこそ、90年代以降のオープンイノベーション化の流れの中でも、サンディスクのような知財を〝紐帯〟とするコラボレーション戦略には思いも至らず、ひたすら競争者排除とロイヤルティ収支の黒字化に評価軸を置いてきました。

 それを側面から支援するために、知財部門のスタッフも、特許侵害で訴えられたとき、相手を特許侵害で逆提訴しやすくするように、改良特許にすぎない発明からいかに広い範囲の権利を取得するかといった〝職人的特許出願技術〟を磨くことに専念してきました。オタク的と表現してもよいかもしれませんし、世間では、「タコつぼ知財」とも呼んでいます。要するに、〝知財を〟経営や新たなビジネスにどう生かせるかを考えられるスタッフを育ててこなかったのです。

 アップルの製品は、要素技術として見れば驚くべきものはありません。また、製造技術もアジアのメーカーの力に頼っています。しかし、製品コンセプトの秀逸性の中心にある使いやすさやデザイン性は、それ自体が突出したイノベーションであることを疑わせません。つまり、サンディスクと同じように、自らのアイデアと知財を、パートナーの力を取り込んで独創的な市場の創造に結びつける知財ビジネスのモデルが、アップルにもあるのです。

 日本の産業は、こうした教訓に学び、自らの知財を武器にしつつアジア企業などの優れた技術力を取り込み、WIN-WINの関係を築く戦略の策定に入るべきです。

 最後に自動車業界の将来について一言添えておきましょう。自動車産業ではこれまで、エレクトロニクス産業のような大きな特許紛争はほとんどありませんでした。同じグローバル製品なのに、なぜこのような違いが生じたのでしょうか。

 読者のみなさんはすでにお気付きだと思います。機械(メカトロニクス)は独自性を競いやすく、自己完結が可能です。今までは確かにそうだったかもしれません。しかし、自動車も、電子化が進めば進むほど、つまりエレクトロニクスの比重が増すほど、個々の技術の相互運用性の確保が求められ、他社の特許を使わざるをえなくなる可能性が高まります。その結果、シェアの激変などを機に自動車産業でも世界的な特許紛争が勃発する可能性があるのです。

 そのときに備え、日本のメーカーは、過去に学び、戦略的な手を打てる人材の育成が急がれます。東京理科大学専門職大学院の知財戦略専攻(MIP)が、各種の知財についての基礎理論だけでなく、知財紛争処理実務や知財経営戦略などの〝即戦力〟を送り出す講座を多く用意しているのは、本稿で述べたような強い危機意識が背景にあるからなのです。

 

制作/ダイヤモンド社クロスメディア事業局